Special
内定者エッセイ
講談社採用ホームページ名物の「内定者エッセイ」。
今年度もバラエティ豊かな27名の内定者が、受験するにあたっての決意、面接に向けた奇策、試験を経て得たことなどなど、とことん本音の就活体験を綴っています。
でも、これらはヒントにこそなれ、答えにはなりません。
27名27通りの「ありのまま」をご覧いただきつつ、あなただけの就活物語を紡いでいってください。
Special
講談社採用ホームページ名物の「内定者エッセイ」。
今年度もバラエティ豊かな27名の内定者が、受験するにあたっての決意、面接に向けた奇策、試験を経て得たことなどなど、とことん本音の就活体験を綴っています。
でも、これらはヒントにこそなれ、答えにはなりません。
27名27通りの「ありのまま」をご覧いただきつつ、あなただけの就活物語を紡いでいってください。
いざ、新天地へ
ハマるととことんやる、それが私という人間だ。アニメや漫画にハマったのは小学生の頃で、そこからはそのコンテンツを中心に自分の人生が動いていた。声優活動やe-Sportsの実況解説、YouTube活動など、自分の熱量は常に何かしらのコンテンツに注がれていた学生生活だったと思う。そんな私も大学4年を迎えようとしていた頃、それなりの結果や称賛を得たが故に、自分の今までの原動力だった好奇心や向上心が涸れ始めていることに気づいた。居心地のいい環境に満足し、自分が緩やかに腐っていくことに耐えられなかった私は、新しい環境に身を置くために就職活動を選んだ。始めた時期は2月の頭で、自分が目指すべきものを手掛けている企業を受けようという考えで私の就活は始まった。 しかし、いざ始めるとなるとどこを受けるか非常に悩んだ。アニメや漫画に携わりたいけれど絵を描くことは得意ではないし文才もない。どうしたものかと企業を探している時に見つけたのが講談社だった。クリエイターの傍で作品を手掛ける手伝いができるし、その熱量を身近で感じ続けられる職種に「これしかない!」と思った私はその日のうちにESを書き上げ提出した。面接ではとにかく自分のことを知ってもらおうという気持ちでアピールし続け、最終面接まで何とかこぎつけた。しかしそこで放たれた一言は私を絶望の淵へと追いやった。 「僕が思うにだけど、君は漫画編集に向いていないと思うよ」 正直この後は何を話したかあまり覚えていない。頭が真っ白なまま健康診断を受けた後、行きつけのスナックで「また一からやり直しか~」とハイボールを飲みながらうなだれていた。数日後、結果は内定だった。 なんで受かったのかわからないというのが正直な感想だが、きっと私が自覚している以外の素養で採ってもらえたのだと思う。だが私は諦めない。多くの人の記憶に残る作品が生まれる瞬間を、担当編集として目にするまでは。 文系・関東・四年制大学卒業見込み/コミック志望
いざ、新天地へ 文系・関東・四年制大学卒業見込み/コミック志望
ハマるととことんやる、それが私という人間だ。アニメや漫画にハマったのは小学生の頃で、そこからはそのコンテンツを中心に自分の人生が動いていた。声優活動やe-Sportsの実況解説、YouTube活動など、自分の熱量は常に何かしらのコンテンツに注がれていた学生生活だったと思う。そんな私も大学4年を迎えようとしていた頃、それなりの結果や称賛を得たが故に、自分の今までの原動力だった好奇心や向上心が涸れ始めていることに気づいた。居心地のいい環境に満足し、自分が緩やかに腐っていくことに耐えられなかった私は、新しい環境に身を置くために就職活動を選んだ。始めた時期は2月の頭で、自分が目指すべきものを手掛けている企業を受けようという考えで私の就活は始まった。
しかし、いざ始めるとなるとどこを受けるか非常に悩んだ。アニメや漫画に携わりたいけれど絵を描くことは得意ではないし文才もない。どうしたものかと企業を探している時に見つけたのが講談社だった。クリエイターの傍で作品を手掛ける手伝いができるし、その熱量を身近で感じ続けられる職種に「これしかない!」と思った私はその日のうちにESを書き上げ提出した。面接ではとにかく自分のことを知ってもらおうという気持ちでアピールし続け、最終面接まで何とかこぎつけた。しかしそこで放たれた一言は私を絶望の淵へと追いやった。
「僕が思うにだけど、君は漫画編集に向いていないと思うよ」
正直この後は何を話したかあまり覚えていない。頭が真っ白なまま健康診断を受けた後、行きつけのスナックで「また一からやり直しか~」とハイボールを飲みながらうなだれていた。数日後、結果は内定だった。
なんで受かったのかわからないというのが正直な感想だが、きっと私が自覚している以外の素養で採ってもらえたのだと思う。だが私は諦めない。多くの人の記憶に残る作品が生まれる瞬間を、担当編集として目にするまでは。
「ものがたり」の声
夜明け前だった。三次面接が終わり、大阪へと帰る夜行バスの中で、僕は泣いた。 面接で、大きな失敗をしたわけではなかった。ここまできて落とされるのが、怖かったわけでもなかった。ただ、三次面接を通して、自分が想像以上に小説を愛していたことに気付き、そのことに涙が出たのだった。 そうだった。 現実から逃げるように図書館に通っていたあの頃からずっと、就活など頭になかったあの頃からずっと、自分には、小説しかなかった。他の一切が信じられなかった時も、小説の言葉だけは信じていた。僕は、僕が思っていたよりもずっと深く、小説を、「ものがたり」を、愛していた。 そのことに気付いた瞬間、今までの自分を支えてくれた数々の作品から、励ましの声を聞いた気がした。これもすべて、講談社の面接官のおかげだった。 こんな会社は、他になかった。 車内の静寂を壊さないよう声を押し殺して泣きながら、「あんな人たちと一緒に仕事ができたら、どれだけ幸せだろう」と思った。「あんな会社で仕事ができたら、どれだけ幸せだろう」と思った。だから最終面接では、溢れる想いをすべてぶつけて、なんとか内定をいただいた。 今、このエッセイを読んでくださるあなたは、何を思っているだろうか? かつての僕と同じように、途方もない倍率に打ちのめされているだろうか? もし、どんな言葉も響かない場所に今のあなたがいるのなら、「ありのままの自分で」と言っても、「そんなの嘘だ」と弾き返されるかもしれない。 それでも僕は、あなたに言いたい。どうか、ありのままの自分で臨んでほしい、と。 取りつくろった「ガクチカ」など、捨て去ってしまえばいい。スーツが息苦しいのなら、着慣れた服に着替えてしまえばいい。 ただ、好きなモノへの過剰なまでの情熱だけは、絶対に忘れないでほしい。 あの日聞こえた「ものがたり」の声を、僕は、何度でも反芻する。 同じような声があなたにも、聞こえてほしいと思う。 文系・関西・四年制大学卒業見込み/文芸志望
「ものがたり」の声 文系・関西・四年制大学卒業見込み/文芸志望
夜明け前だった。三次面接が終わり、大阪へと帰る夜行バスの中で、僕は泣いた。
面接で、大きな失敗をしたわけではなかった。ここまできて落とされるのが、怖かったわけでもなかった。ただ、三次面接を通して、自分が想像以上に小説を愛していたことに気付き、そのことに涙が出たのだった。
そうだった。
現実から逃げるように図書館に通っていたあの頃からずっと、就活など頭になかったあの頃からずっと、自分には、小説しかなかった。他の一切が信じられなかった時も、小説の言葉だけは信じていた。僕は、僕が思っていたよりもずっと深く、小説を、「ものがたり」を、愛していた。
そのことに気付いた瞬間、今までの自分を支えてくれた数々の作品から、励ましの声を聞いた気がした。これもすべて、講談社の面接官のおかげだった。
こんな会社は、他になかった。
車内の静寂を壊さないよう声を押し殺して泣きながら、「あんな人たちと一緒に仕事ができたら、どれだけ幸せだろう」と思った。「あんな会社で仕事ができたら、どれだけ幸せだろう」と思った。だから最終面接では、溢れる想いをすべてぶつけて、なんとか内定をいただいた。
今、このエッセイを読んでくださるあなたは、何を思っているだろうか?
かつての僕と同じように、途方もない倍率に打ちのめされているだろうか?
もし、どんな言葉も響かない場所に今のあなたがいるのなら、「ありのままの自分で」と言っても、「そんなの嘘だ」と弾き返されるかもしれない。
それでも僕は、あなたに言いたい。どうか、ありのままの自分で臨んでほしい、と。
取りつくろった「ガクチカ」など、捨て去ってしまえばいい。スーツが息苦しいのなら、着慣れた服に着替えてしまえばいい。
ただ、好きなモノへの過剰なまでの情熱だけは、絶対に忘れないでほしい。
あの日聞こえた「ものがたり」の声を、僕は、何度でも反芻する。
同じような声があなたにも、聞こえてほしいと思う。
平々凡々大万歳
「神様、仏様、講談社様」と毎日祈りながら面接を受けていたのを思い出す。 俺は就活というものに怯えていた。良くも悪くも嘘やありきたりな言葉で表面を取りつくろい、自分をいかに優秀に見せるかが重要だと思っていたからだ。留学をしたこともなければ面白い経験も特にない。自分が平凡だと思っているからこそ怖かった。 そんな漠然とした不安に襲われているうちに講談社の一次面接はやってきた。 一次面接当日、普通に緊張していた。平凡な自分を見せないために想定問答集を作り、話したい内容を徹底的に頭に入れた。しかし無駄になった。何かをきっかけに頭が真っ白になり、好きなマンガの作品名が出てこない。「すみません。緊張で何も出てこないです」と素直に自分の状況を話した。後悔と共に、この時点で自分を優秀に見せることをやめた。 破れかぶれになった俺は強かった。ESに自分のことを「クレヨンしんちゃんに出てくる『ありの歌』がぴったりな人間」と記載したことについて質問された際には、「じゃあ歌いますね」と唐突に手拍子で「ありの歌」を独唱した。苦笑いしている面接官を横目に自分という人間が分からなくなった。 数日後、面接通過の知らせが来た。落ちたと思っていたので驚いた。一次面接、ましてやオンライン実施にもかかわらず歌を歌った奴は俺だけだろう。そして、いつも通りの自分で面接に挑もうと決めた。 そこからはとんとん拍子で進み、四月下旬に内々定を獲得した。 ふと思い返せば、一次面接で歌を歌った自分、二次面接で企画を提案した自分、三次面接で不良マンガの良さについて語った自分、全てが平凡であった。だが、そんな自分に講談社の面接官は何かを期待して内定をくれたわけだ。自分の知らない自分を評価してくれた。そう思うと嬉しかった。 自分自身を平凡だと思っていても、他者からみたら非凡なのかもしれない。飾らずに堂々と自分を表現した当時の俺を褒めてやりたい。 文系・関東・四年制大学卒業見込み/コミック志望
平々凡々大万歳 文系・関東・四年制大学卒業見込み/コミック志望
「神様、仏様、講談社様」と毎日祈りながら面接を受けていたのを思い出す。
俺は就活というものに怯えていた。良くも悪くも嘘やありきたりな言葉で表面を取りつくろい、自分をいかに優秀に見せるかが重要だと思っていたからだ。留学をしたこともなければ面白い経験も特にない。自分が平凡だと思っているからこそ怖かった。
そんな漠然とした不安に襲われているうちに講談社の一次面接はやってきた。
一次面接当日、普通に緊張していた。平凡な自分を見せないために想定問答集を作り、話したい内容を徹底的に頭に入れた。しかし無駄になった。何かをきっかけに頭が真っ白になり、好きなマンガの作品名が出てこない。「すみません。緊張で何も出てこないです」と素直に自分の状況を話した。後悔と共に、この時点で自分を優秀に見せることをやめた。
破れかぶれになった俺は強かった。ESに自分のことを「クレヨンしんちゃんに出てくる『ありの歌』がぴったりな人間」と記載したことについて質問された際には、「じゃあ歌いますね」と唐突に手拍子で「ありの歌」を独唱した。苦笑いしている面接官を横目に自分という人間が分からなくなった。
数日後、面接通過の知らせが来た。落ちたと思っていたので驚いた。一次面接、ましてやオンライン実施にもかかわらず歌を歌った奴は俺だけだろう。そして、いつも通りの自分で面接に挑もうと決めた。
そこからはとんとん拍子で進み、四月下旬に内々定を獲得した。
ふと思い返せば、一次面接で歌を歌った自分、二次面接で企画を提案した自分、三次面接で不良マンガの良さについて語った自分、全てが平凡であった。だが、そんな自分に講談社の面接官は何かを期待して内定をくれたわけだ。自分の知らない自分を評価してくれた。そう思うと嬉しかった。
自分自身を平凡だと思っていても、他者からみたら非凡なのかもしれない。飾らずに堂々と自分を表現した当時の俺を褒めてやりたい。
雨のち晴れ
「就活」。イヤな響きだった。不調和な生活の中でたまに情緒不安定になり、周りと比べ、劣等感を抱き、しまいには企業の求める人材像で自分を偽り、左脳で書いたESをぐちゃぐちゃに丸めて捨てる。そんな日々が続いていた。選考が進むにつれ、自分に嘘をつくのがだんだん上手になり、仮面を着けた姿がだんだん様になっていった。そんな中、あるがままの心で望めた唯一の企業が講談社だ。 初めて護国寺を訪れたのは二次面接の時。ざあざあ降りの雨を全身で受けながら、遅延する電車に憤りを感じつつも、同時に憧れの企業を前に浮き足だったまま講談社の社屋に足を踏み入れた。 中には観葉植物が広がっており、吹き抜けのフロア、青々と茂る草木は植物園かと勘違いするほどであった。気がつくとその圧倒的な景色を前に、息を吸い込んで吐き出すだけの単純作業を繰り返す棒人間みたく突っ立っていた。だが、高ぶる感情を落ち着かせることができた。 そのおかげかどうかはわからないが、面接では不思議と緊張することはなかった。むしろ、『水曜どうでしょう』の大泉洋並みに饒舌だった。これまでの本音を隠し、猜疑心と好奇心を両手に抱えながら挑んできた面接と違い、本音で語ることができたのだ。いや、口がすべったとでも言うべきか。どちらにせよ心のモヤモヤが晴れるほどの面接であったことに変わりはない。帰りはキラキラと乱反射する水溜まりを避けてあるく自分が、少し高尚な人間のように写り、悦に入っていた。 結局のところなにが言いたいかというと、講談社の面接は楽しかったということだ。先輩方の内定者エッセイにもあるように、講談社の面接は本当に楽しい。 「ほんとか」と疑う気持ちも分かる。 私自身、半信半疑だった。だが、ホントに楽しかった。 屈折した欲望が溢れる就活で、自分らしさを出すのは難しい。それでも、大量の防腐剤を心に忍ばせるよりよっぽど良い。正直な方が晴れ晴れとしている。 文系・関東・四年制大学卒業見込み/コミック志望
雨のち晴れ 文系・関東・四年制大学卒業見込み/コミック志望
「就活」。イヤな響きだった。不調和な生活の中でたまに情緒不安定になり、周りと比べ、劣等感を抱き、しまいには企業の求める人材像で自分を偽り、左脳で書いたESをぐちゃぐちゃに丸めて捨てる。そんな日々が続いていた。選考が進むにつれ、自分に嘘をつくのがだんだん上手になり、仮面を着けた姿がだんだん様になっていった。そんな中、あるがままの心で望めた唯一の企業が講談社だ。
初めて護国寺を訪れたのは二次面接の時。ざあざあ降りの雨を全身で受けながら、遅延する電車に憤りを感じつつも、同時に憧れの企業を前に浮き足だったまま講談社の社屋に足を踏み入れた。
中には観葉植物が広がっており、吹き抜けのフロア、青々と茂る草木は植物園かと勘違いするほどであった。気がつくとその圧倒的な景色を前に、息を吸い込んで吐き出すだけの単純作業を繰り返す棒人間みたく突っ立っていた。だが、高ぶる感情を落ち着かせることができた。
そのおかげかどうかはわからないが、面接では不思議と緊張することはなかった。むしろ、『水曜どうでしょう』の大泉洋並みに饒舌だった。これまでの本音を隠し、猜疑心と好奇心を両手に抱えながら挑んできた面接と違い、本音で語ることができたのだ。いや、口がすべったとでも言うべきか。どちらにせよ心のモヤモヤが晴れるほどの面接であったことに変わりはない。帰りはキラキラと乱反射する水溜まりを避けてあるく自分が、少し高尚な人間のように写り、悦に入っていた。
結局のところなにが言いたいかというと、講談社の面接は楽しかったということだ。先輩方の内定者エッセイにもあるように、講談社の面接は本当に楽しい。
「ほんとか」と疑う気持ちも分かる。
私自身、半信半疑だった。だが、ホントに楽しかった。
屈折した欲望が溢れる就活で、自分らしさを出すのは難しい。それでも、大量の防腐剤を心に忍ばせるよりよっぽど良い。正直な方が晴れ晴れとしている。
喜劇かどうかは捉え方次第
「人生は近くで見ると悲劇だが遠くから見れば喜劇だ」とはチャップリンの名言で、モーツァルトも辛いときこそ爆笑していたらしい。しんみりとした真面目なエッセイを書こうとしたけど何かちょっと自分らしくない。一つくらい明るい内定者エッセイがあってもいいんじゃないかと思ってこれを書いている。 漫画が好きだ。困難を乗り越えて最後幸せになる漫画は読んでいて元気になれる。だから就活も、暗くなりがちだけどなるべく明るい気持ちでやりたかった。 思えば、選考中の自分は真面目なことと同じくらい明るく変なことを考えていた。 出版社で働くには何かのオタクであることが大切だと就活サイトで見た。私は漫画オタクだと自負しているのだけど少しパンチが足りない気がして、だから友達に「付け焼き刃で昆虫博士になろうと思う。講談社の内定者にはなんだか昆虫博士が多いから」と話をしていた。もちろんやめた方がいいと却下された。 また講談社の面接は私服で来ても構わないということだったので、それも散々に悩んだ。自分は中国と日本のハーフなので「私らしさ」というところでチャイナ服を着ていくべきなのか、「I♡講談社」と印字されたTシャツを作って着ていけばいいのかちょっと考えた。結局何を着ていったかについてはこれだけ言っておく。シンプルイズベストは良い言葉だ。 なんだか半分くらいは舞台に立つ芸人みたいな気持ちを抱えていたところがあるかもしれない。面接で社員の方が笑ってくれたときは内心ガッツポーズをしていた。やっぱり笑っている人を見ると嬉しい。だから人を笑顔にする本を作る出版社に入りたかった。たくさん企業研究をして面接の受け答えも決してふざけたりはしなかったけれど、でも性分だから相手や自分が楽しくなれるような変なことをすごく真面目に考えていた。 そんな就活生がいてもいいと思う。実際戦歴としては他の出版社は全て書類落ちだったけど、講談社はそんな私を受け入れてくれた。 文系・関西・四年制大学卒業見込み/コミック志望
喜劇かどうかは捉え方次第 文系・関西・四年制大学卒業見込み/コミック志望
「人生は近くで見ると悲劇だが遠くから見れば喜劇だ」とはチャップリンの名言で、モーツァルトも辛いときこそ爆笑していたらしい。しんみりとした真面目なエッセイを書こうとしたけど何かちょっと自分らしくない。一つくらい明るい内定者エッセイがあってもいいんじゃないかと思ってこれを書いている。
漫画が好きだ。困難を乗り越えて最後幸せになる漫画は読んでいて元気になれる。だから就活も、暗くなりがちだけどなるべく明るい気持ちでやりたかった。
思えば、選考中の自分は真面目なことと同じくらい明るく変なことを考えていた。
出版社で働くには何かのオタクであることが大切だと就活サイトで見た。私は漫画オタクだと自負しているのだけど少しパンチが足りない気がして、だから友達に「付け焼き刃で昆虫博士になろうと思う。講談社の内定者にはなんだか昆虫博士が多いから」と話をしていた。もちろんやめた方がいいと却下された。
また講談社の面接は私服で来ても構わないということだったので、それも散々に悩んだ。自分は中国と日本のハーフなので「私らしさ」というところでチャイナ服を着ていくべきなのか、「I♡講談社」と印字されたTシャツを作って着ていけばいいのかちょっと考えた。結局何を着ていったかについてはこれだけ言っておく。シンプルイズベストは良い言葉だ。
なんだか半分くらいは舞台に立つ芸人みたいな気持ちを抱えていたところがあるかもしれない。面接で社員の方が笑ってくれたときは内心ガッツポーズをしていた。やっぱり笑っている人を見ると嬉しい。だから人を笑顔にする本を作る出版社に入りたかった。たくさん企業研究をして面接の受け答えも決してふざけたりはしなかったけれど、でも性分だから相手や自分が楽しくなれるような変なことをすごく真面目に考えていた。
そんな就活生がいてもいいと思う。実際戦歴としては他の出版社は全て書類落ちだったけど、講談社はそんな私を受け入れてくれた。
ヘンゼルとグレーテル作戦
「私の『好き』の最高形態は、『自分の手でやること』。だから消費者でなく作り手側になりたい」 「ゴールデンカムイの戦闘場面で、猟師が『○ね!』ではなく『鹿の糞にしてやる!』と叫ぶんです。これが激アツで! 大自然の食物連鎖を感じ、震えました(恍惚)」 面接で笑いの取れたエピソードや、ESに表現した言葉。これらは全てwebテスト・作文対策、企業研究、面接でめまぐるしく忙しい就活DAYSにおいて自分の中から湧き出たもの。ではない。ツイートや日記など自分がポツポツと残してきたもののプールから引っ張り出したものだ。 日記やSNSを振り返ると、いろいろな「自分」に出会える。「昔こんなこと思ってたんだ」「そんな夢あったな」「こんなことあったな」。何気なく落としてきたものにこそ、キラリと光る話や、自分の核となるような出来事が転がっていた。 冒頭の金カムへの熱い想いは、アニメを夜通し視聴し興奮冷めやらぬなか血走った目でツイートしたものだ。「好きの最高形態」は、日記を徒然なるままに書いている時に閃いた。「はッ! すんばらしい表現を思いついてしまったー! KO・RE・DA☆」なんてコメントしてある。面接で志望動機を熱弁しながらこの造語を口にし、面接官は深く頷いてくれた……ように見えた。 就活中次々と浴びせられる根源的な問い。その答えは案外過去の断片の中にあり。名付けて、「ヘンゼルとグレーテル作戦」。カメラロール、日記、メモ、SNSに散らばっている素材(=パン屑)を存分に使ってみるのである。私の場合、日記やツイートを読み返すだけで自己分析になったし、ESや面接に放出できるような言葉もたくさんあった。煮詰まったらぜひお試しあれ。 P.S.どん底にいた時も、日記のメモが救ってくれた。大好きな漫画「ブルーピリオド」の台詞だ。 「私はね 世間的な価値じゃなくて 君にとって価値のあるものが知りたいんです」 「好きなことをする努力家はね 最強なんですよ!」 (まさに、希望のパン屑!) 文系・関東・四年制大学卒業見込み/海外事業
ヘンゼルとグレーテル作戦 文系・関東・四年制大学卒業見込み/海外事業
「私の『好き』の最高形態は、『自分の手でやること』。だから消費者でなく作り手側になりたい」
「ゴールデンカムイの戦闘場面で、猟師が『○ね!』ではなく『鹿の糞にしてやる!』と叫ぶんです。これが激アツで! 大自然の食物連鎖を感じ、震えました(恍惚)」
面接で笑いの取れたエピソードや、ESに表現した言葉。これらは全てwebテスト・作文対策、企業研究、面接でめまぐるしく忙しい就活DAYSにおいて自分の中から湧き出たもの。ではない。ツイートや日記など自分がポツポツと残してきたもののプールから引っ張り出したものだ。
日記やSNSを振り返ると、いろいろな「自分」に出会える。「昔こんなこと思ってたんだ」「そんな夢あったな」「こんなことあったな」。何気なく落としてきたものにこそ、キラリと光る話や、自分の核となるような出来事が転がっていた。
冒頭の金カムへの熱い想いは、アニメを夜通し視聴し興奮冷めやらぬなか血走った目でツイートしたものだ。「好きの最高形態」は、日記を徒然なるままに書いている時に閃いた。「はッ! すんばらしい表現を思いついてしまったー! KO・RE・DA☆」なんてコメントしてある。面接で志望動機を熱弁しながらこの造語を口にし、面接官は深く頷いてくれた……ように見えた。
就活中次々と浴びせられる根源的な問い。その答えは案外過去の断片の中にあり。名付けて、「ヘンゼルとグレーテル作戦」。カメラロール、日記、メモ、SNSに散らばっている素材(=パン屑)を存分に使ってみるのである。私の場合、日記やツイートを読み返すだけで自己分析になったし、ESや面接に放出できるような言葉もたくさんあった。煮詰まったらぜひお試しあれ。
P.S.どん底にいた時も、日記のメモが救ってくれた。大好きな漫画「ブルーピリオド」の台詞だ。
「私はね 世間的な価値じゃなくて 君にとって価値のあるものが知りたいんです」
「好きなことをする努力家はね 最強なんですよ!」
(まさに、希望のパン屑!)
私が奏でる私
昔から、楽譜は読まずに演奏する派だ。その割にはなかなか譜面通りの性格をしている。そんな私の第1志望は講談社、ではなかった。 正確に言うと、出版社への就職は諦めていた。思えばこれまで絶えず文章と関わってきたし、 校閲にも強い関心を持っていたけれど、それを仕事にできるとは思っていなかったのだ。 何より、出版社の選考とは相性が悪いと思っていた。格好悪い姿を見せまいと気を張るあまり、私はいつも安全でやわらかい言葉ばかりを重ねてしまうのである。就活で初めて受けた面接では、「落ち着きすぎている」「もっと素を見せてほしい」と言われたこともある。 とにかく何も期待したくなかった私は、講談社のエントリーシートを1日で書き上げた。本当は文章に関わる仕事がしたかったけれど、そうでない企業にも次々と応募した。 そんな気持ちで臨んだ選考が思い通りにいく訳もない。 面接の日、私は相も変わらず譜面通りに立ち回ろうとしていた。つまり、入念に用意してきた言葉を「落ち着いて」述べてしまったのだ。迸るような、自ずから流れ出るような音でなければ伝わるはずがないのに。 「ダメだ」と、思った。 しかし内々定の通知は届いた。 本当は諦めてなどいなくて、だからこそ希望を持ちたくなくて。そんな想いを内に抱きながら「落ち着いて」話してしまった私を、講談社の方々は認めてくれたのだ。どんな言葉だって紛れもなく私のものなのだと、肯定された気がした。 「校閲のいいところは何か」「校閲とはどうあるべきか」。難しい質問ばかりだった。しかし思い返せば、連れてきた言葉たちが味方になってくれたから、私だけの音を響かせることができていた。 個性を弾けさせることや、奇をてらうことだけが全てではないらしい。自分なりの頑張り方、向き合い方でいい。歴代の内定者エッセイが語るのは、そういう意味の「自分らしさ」なのかもしれない。 ここはたぶん、誰もが本当の自分を奏でられる場所だ。 文系・関東・四年制大学卒業見込み/校閲志望
私が奏でる私 文系・関東・四年制大学卒業見込み/校閲志望
昔から、楽譜は読まずに演奏する派だ。その割にはなかなか譜面通りの性格をしている。そんな私の第1志望は講談社、ではなかった。
正確に言うと、出版社への就職は諦めていた。思えばこれまで絶えず文章と関わってきたし、 校閲にも強い関心を持っていたけれど、それを仕事にできるとは思っていなかったのだ。
何より、出版社の選考とは相性が悪いと思っていた。格好悪い姿を見せまいと気を張るあまり、私はいつも安全でやわらかい言葉ばかりを重ねてしまうのである。就活で初めて受けた面接では、「落ち着きすぎている」「もっと素を見せてほしい」と言われたこともある。
とにかく何も期待したくなかった私は、講談社のエントリーシートを1日で書き上げた。本当は文章に関わる仕事がしたかったけれど、そうでない企業にも次々と応募した。
そんな気持ちで臨んだ選考が思い通りにいく訳もない。
面接の日、私は相も変わらず譜面通りに立ち回ろうとしていた。つまり、入念に用意してきた言葉を「落ち着いて」述べてしまったのだ。迸るような、自ずから流れ出るような音でなければ伝わるはずがないのに。
「ダメだ」と、思った。
しかし内々定の通知は届いた。
本当は諦めてなどいなくて、だからこそ希望を持ちたくなくて。そんな想いを内に抱きながら「落ち着いて」話してしまった私を、講談社の方々は認めてくれたのだ。どんな言葉だって紛れもなく私のものなのだと、肯定された気がした。
「校閲のいいところは何か」「校閲とはどうあるべきか」。難しい質問ばかりだった。しかし思い返せば、連れてきた言葉たちが味方になってくれたから、私だけの音を響かせることができていた。
個性を弾けさせることや、奇をてらうことだけが全てではないらしい。自分なりの頑張り方、向き合い方でいい。歴代の内定者エッセイが語るのは、そういう意味の「自分らしさ」なのかもしれない。
ここはたぶん、誰もが本当の自分を奏でられる場所だ。
確かさを握り、曖昧さへと漕ぎ出して
本が好き。出版社への入社を希望する人にとっては当たり前かもしれないけれどやっぱり本が好き。現代新書の表紙の色とりどりの四角のなかに飛び込みたいし、学術文庫の背の深い青色をした空に包まれたいし、文芸文庫のカバーの滑らかなグラデーションのなかを泳いでみたい。春霞がかかって判然としない幼い頃に目を凝らしてみても、本が好きだった、というのはやはり確からしかった。 わたしはできるだけ誠実でいたい。好きなものに誠実でいるということは、好きということでなおも強調されて見える晴れた日の水面のきらめきにうっとりとしながらも、そのすぐ近くで落ちる黒い影を抱きとめることである。白と黒の両面を抱え込む必要があろうとも、やはりなるべく好きなものの、できるだけ近くへ今すぐ駆けていったほうがいい、というのがこれまで生活を続けて得た教訓のうちのひとつである。 そういうわけで、わたしは出版社の採用試験だけを受ける就職活動をした。エントリーシートも面接も、熱意が伝わるように正直に回答をすることを心がけたが、他社の選考に落ちてしまったことで“シューカツ”生らしく“空気を読んだ”回答をすることを少し意識するようになる。講談社の面接では“シューカツ”の影もない人間の体温が宿る会話が続いたあとで、「よく見るウェブサイトは何か」という質問があった。これは講談社が運営するサイトを答えた方がいいのか、と部屋の右隅を見つめて刹那に逡巡する。しかし、この部屋の体温を信じてもいいはずだ、と思い直して、好きなもののことを考えて、そんなときに特有のややニヤついた顔のままで、本や本屋に関することを中心に掲載するウェブサイトを2つ答えた。すると面接官の方は、ほんとうに本が好きなんだねぇ、と笑ってくれた。だから、“シューカツ”のことはいまだによく分かっていないし、たぶんそれは恋人とか名誉とかUFOとかと同じ類いの実体のない言葉なのだと思う。 文系・関東・四年制大学卒業見込み/学芸・学術志望
確かさを握り、曖昧さへと漕ぎ出して 文系・関東・四年制大学卒業見込み/学芸・学術志望
本が好き。出版社への入社を希望する人にとっては当たり前かもしれないけれどやっぱり本が好き。現代新書の表紙の色とりどりの四角のなかに飛び込みたいし、学術文庫の背の深い青色をした空に包まれたいし、文芸文庫のカバーの滑らかなグラデーションのなかを泳いでみたい。春霞がかかって判然としない幼い頃に目を凝らしてみても、本が好きだった、というのはやはり確からしかった。
わたしはできるだけ誠実でいたい。好きなものに誠実でいるということは、好きということでなおも強調されて見える晴れた日の水面のきらめきにうっとりとしながらも、そのすぐ近くで落ちる黒い影を抱きとめることである。白と黒の両面を抱え込む必要があろうとも、やはりなるべく好きなものの、できるだけ近くへ今すぐ駆けていったほうがいい、というのがこれまで生活を続けて得た教訓のうちのひとつである。
そういうわけで、わたしは出版社の採用試験だけを受ける就職活動をした。エントリーシートも面接も、熱意が伝わるように正直に回答をすることを心がけたが、他社の選考に落ちてしまったことで“シューカツ”生らしく“空気を読んだ”回答をすることを少し意識するようになる。講談社の面接では“シューカツ”の影もない人間の体温が宿る会話が続いたあとで、「よく見るウェブサイトは何か」という質問があった。これは講談社が運営するサイトを答えた方がいいのか、と部屋の右隅を見つめて刹那に逡巡する。しかし、この部屋の体温を信じてもいいはずだ、と思い直して、好きなもののことを考えて、そんなときに特有のややニヤついた顔のままで、本や本屋に関することを中心に掲載するウェブサイトを2つ答えた。すると面接官の方は、ほんとうに本が好きなんだねぇ、と笑ってくれた。だから、“シューカツ”のことはいまだによく分かっていないし、たぶんそれは恋人とか名誉とかUFOとかと同じ類いの実体のない言葉なのだと思う。
とんがった鉛筆でも使えば丸くなる
『エンタメ業界は個性溢れる人材を欲している』 ネットに氾濫する就活系ハウツーをかき分け、たどり着いた先にはそんな一文があった。 「もうダメだ……」 そう素直に、大学3年生の私は思った。 “器用貧乏” 幼なじみに言われた私の印象だ。「程々に何でもできるけど、突出する何かはないよね」と、中々辛辣にそう言われた。これを読んでいる皆様もお気づきだろう。そう、まさに私という人間は、志望するエンタメ業界が欲しているらしい人材とは真逆の人間だった。 昔から本が好きで出版社の仕事に興味はある。しかし、私には無理なのではないかと常に不安だった。 こんなネガティブな気持ちの中、就職活動を始めた。 ありのままで勝負する自信のなかった私は採用面接を多数受ける中で、選考を通過するためだけの偽物の個性を作り上げていった。 このガチガチに武装した個性を身にまとい臨んだ某出版社の面接。結果は不採用となり、完全に意気消沈した。作り物を見事に見抜かれた。企業の面接官を甘く見ていたのだ。 その後、半ば投げやりの状態で臨んだ講談社の面接。 選考対策の一環として内定者エッセイを見ていた私が度々見かけたのは「素の自分」という言葉だった。その言葉に正直疑いの目を向けていたのだが、今思えば、そんな私の頬を一度はたきたい。 講談社の面接は、どの選考段階でも面接官との“対話”だった。 いわゆる定型質問はあまりなく、素の自分を見極められるような形で面接が進む。気づいた時には尖った偽物の個性をまとうのを止めていた。止めていたというより、止めさせられたという方が適切かもしれない。 素を面接で出せれば、自分では気づかない個性を面接官は見つけてくれるはずだ(少なくとも私は見つけてくれたのではないかと信じている(笑))。 だから無個性で「とんがり人間」になれないと不安な人も、安心して一度面接に挑戦してみてほしい。 それはただ生きていく中で丸く削れただけ。元は皆「とんがり人間」なのだから。 文系・北陸・四年制大学卒業見込み/マーケティング・プロモーション(販売・宣伝)志望
とんがった鉛筆でも使えば丸くなる 文系・北陸・四年制大学卒業見込み/マーケティング・プロモーション(販売・宣伝)志望
『エンタメ業界は個性溢れる人材を欲している』
ネットに氾濫する就活系ハウツーをかき分け、たどり着いた先にはそんな一文があった。
「もうダメだ……」
そう素直に、大学3年生の私は思った。
“器用貧乏”
幼なじみに言われた私の印象だ。「程々に何でもできるけど、突出する何かはないよね」と、中々辛辣にそう言われた。これを読んでいる皆様もお気づきだろう。そう、まさに私という人間は、志望するエンタメ業界が欲しているらしい人材とは真逆の人間だった。
昔から本が好きで出版社の仕事に興味はある。しかし、私には無理なのではないかと常に不安だった。
こんなネガティブな気持ちの中、就職活動を始めた。
ありのままで勝負する自信のなかった私は採用面接を多数受ける中で、選考を通過するためだけの偽物の個性を作り上げていった。
このガチガチに武装した個性を身にまとい臨んだ某出版社の面接。結果は不採用となり、完全に意気消沈した。作り物を見事に見抜かれた。企業の面接官を甘く見ていたのだ。
その後、半ば投げやりの状態で臨んだ講談社の面接。
選考対策の一環として内定者エッセイを見ていた私が度々見かけたのは「素の自分」という言葉だった。その言葉に正直疑いの目を向けていたのだが、今思えば、そんな私の頬を一度はたきたい。
講談社の面接は、どの選考段階でも面接官との“対話”だった。
いわゆる定型質問はあまりなく、素の自分を見極められるような形で面接が進む。気づいた時には尖った偽物の個性をまとうのを止めていた。止めていたというより、止めさせられたという方が適切かもしれない。
素を面接で出せれば、自分では気づかない個性を面接官は見つけてくれるはずだ(少なくとも私は見つけてくれたのではないかと信じている(笑))。
だから無個性で「とんがり人間」になれないと不安な人も、安心して一度面接に挑戦してみてほしい。
それはただ生きていく中で丸く削れただけ。元は皆「とんがり人間」なのだから。
叩き続けて壊した扉
私は実は4度目の挑戦で内定を獲得している。 このエッセイでは夢の扉を無理やりこじ開けるまでの軌跡をお話ししたい。 大学3年になり私は講談社採用試験の扉の前に立った。運よく二次面接まで辿り着くことができ、この時の私は調子に乗っていた。このまま内定しちゃうんじゃないの?? と内定者エッセイの内容まで考えていた。 しかし、迎えた二次面接当日、開きかけた扉は固く閉ざされた。 「週刊少年マガジンの面白くない作品を教えて?」 面白くない作品? 私は答えに詰まった。 ないならないで本心を伝えればよかったのだと今はわかる。しかし、当時は本心を伝えることができなかった。その後は頭が真っ白になり、何を答えたのかよく覚えていない。 こうして初挑戦は幕を閉じた。 2度目の挑戦では、書類は通るだろうと高を括り、奇をてらったエントリーシートを書き上げた。そうした気持ちは伝わるもので、扉はまたもや開かなかった。 3度目では、流行を分析し論理的なものを書こうとした。ここでも私はミスを犯した。自分を伝えるはずのエントリシートでひたすら一般論を語ってしまった。自分らしくないエントリーシートで扉を開くことはできなかった。 ついに、学生という身分で受けられる最後の年まで来た。 過去を振り返り、書類選考では、奇をてらうでも一般論を語るでもない、読んで誰もが私という人間を理解できるエントリーシートを目指して、思いを無加工で乗せた。無事通過。 面接に向けて、自分の思いを語れるように、自分自身とさまざまな形で向き合った。本棚を眺めて、自分の隠れた長所を探し、ガクチカとは違う本当の意味で自分に影響を与えた出来事を思い出し、面接官に伝えられるように準備をした。 迎えた面接では、就活のご法度も何もかも無視して思いをそのままぶつけた。 こうして私はたくさんの回り道を経て、このエッセイまで辿り着いた。夢の扉は必ず開くとは限らないが、叩き続ければいつか壊れて開くかもしれない。 理系・関西・大学院修了見込み/コミック志望
叩き続けて壊した扉 理系・関西・大学院修了見込み/コミック志望
私は実は4度目の挑戦で内定を獲得している。
このエッセイでは夢の扉を無理やりこじ開けるまでの軌跡をお話ししたい。
大学3年になり私は講談社採用試験の扉の前に立った。運よく二次面接まで辿り着くことができ、この時の私は調子に乗っていた。このまま内定しちゃうんじゃないの?? と内定者エッセイの内容まで考えていた。
しかし、迎えた二次面接当日、開きかけた扉は固く閉ざされた。
「週刊少年マガジンの面白くない作品を教えて?」
面白くない作品?
私は答えに詰まった。
ないならないで本心を伝えればよかったのだと今はわかる。しかし、当時は本心を伝えることができなかった。その後は頭が真っ白になり、何を答えたのかよく覚えていない。
こうして初挑戦は幕を閉じた。
2度目の挑戦では、書類は通るだろうと高を括り、奇をてらったエントリーシートを書き上げた。そうした気持ちは伝わるもので、扉はまたもや開かなかった。
3度目では、流行を分析し論理的なものを書こうとした。ここでも私はミスを犯した。自分を伝えるはずのエントリシートでひたすら一般論を語ってしまった。自分らしくないエントリーシートで扉を開くことはできなかった。
ついに、学生という身分で受けられる最後の年まで来た。
過去を振り返り、書類選考では、奇をてらうでも一般論を語るでもない、読んで誰もが私という人間を理解できるエントリーシートを目指して、思いを無加工で乗せた。無事通過。
面接に向けて、自分の思いを語れるように、自分自身とさまざまな形で向き合った。本棚を眺めて、自分の隠れた長所を探し、ガクチカとは違う本当の意味で自分に影響を与えた出来事を思い出し、面接官に伝えられるように準備をした。
迎えた面接では、就活のご法度も何もかも無視して思いをそのままぶつけた。
こうして私はたくさんの回り道を経て、このエッセイまで辿り着いた。夢の扉は必ず開くとは限らないが、叩き続ければいつか壊れて開くかもしれない。
固まったシールは熱に弱いらしい。
求めてもらえる、褒めてもらえる自分でありたい。だから、人にもらった褒め言葉を拾い集めて、綺麗なシールにして自分で自分に貼っていく。 「裏表がなくて、なんでも言葉にできていいね」 私は小さい頃からよく言われてきた言葉を一番厄介なレッテルにしてしまっていた。 コミュニティが変わるたびにだんだんと完璧になっていく、レッテルでベタベタになった自分。口にする言葉は本心だから、決して窮屈ではない。開けっ広げで元気な子と思ってもらえるなら、それでいい。 でも、なんか違う。 裏表はないつもりだけど、本当になんでも言葉にしているわけではない。口に出す言葉の数倍、数十倍、頭の中で考えて、最善を選んでいる。自分で貼ったレッテルなのに、その〈内側〉の自分に気づいてほしいと思ってしまう。 ずっとそう思っていたのに、講談社の選考では何かが違った。 好きなマンガ5作のうち4作他社の作品を挙げても、帰り際に椅子に蹴つまずいて有終の美を飾れなくても、最善とは言い難い素の私を受け入れてくれた。 しかも、今まで膨大に考えてきた私の頭の中を全部見てくれるんじゃないかと思うほど、あらゆる角度の質問をくれる。誰にも言ったことがなかったけど、誰かに打ち明けて語りたかった熱いものを心地よく引っ張り出してくれる、そんな感覚。 話を聞いてくれることが、考えの過程を聞いてくれることが、好きなものへの愛を好きなように語らせてもらえることが、何よりそれを面白がって聞いてくれることが、楽しくて、幸せで仕方なかった。 ガチガチに固まった自作のレッテル。散々私を苦しめてきたのに、突然簡単にはがせてしまった。それはきっと〈内側〉を知りたいと思ってもらったことを実感できたからだ。 でも、そのレッテルに守られて磨かれた〈内側〉もあったはず。積み重ねてきたものは消えない。 愛と熱意を武器にすればいい。 怖いけど、ちょっと安心して、役目を全うしてくれた鎧を脱いだ。 文系・関東・四年制大学卒業見込み/コンテンツ事業志望
固まったシールは熱に弱いらしい。 文系・関東・四年制大学卒業見込み/コンテンツ事業志望
求めてもらえる、褒めてもらえる自分でありたい。だから、人にもらった褒め言葉を拾い集めて、綺麗なシールにして自分で自分に貼っていく。
「裏表がなくて、なんでも言葉にできていいね」
私は小さい頃からよく言われてきた言葉を一番厄介なレッテルにしてしまっていた。
コミュニティが変わるたびにだんだんと完璧になっていく、レッテルでベタベタになった自分。口にする言葉は本心だから、決して窮屈ではない。開けっ広げで元気な子と思ってもらえるなら、それでいい。
でも、なんか違う。
裏表はないつもりだけど、本当になんでも言葉にしているわけではない。口に出す言葉の数倍、数十倍、頭の中で考えて、最善を選んでいる。自分で貼ったレッテルなのに、その〈内側〉の自分に気づいてほしいと思ってしまう。
ずっとそう思っていたのに、講談社の選考では何かが違った。
好きなマンガ5作のうち4作他社の作品を挙げても、帰り際に椅子に蹴つまずいて有終の美を飾れなくても、最善とは言い難い素の私を受け入れてくれた。
しかも、今まで膨大に考えてきた私の頭の中を全部見てくれるんじゃないかと思うほど、あらゆる角度の質問をくれる。誰にも言ったことがなかったけど、誰かに打ち明けて語りたかった熱いものを心地よく引っ張り出してくれる、そんな感覚。
話を聞いてくれることが、考えの過程を聞いてくれることが、好きなものへの愛を好きなように語らせてもらえることが、何よりそれを面白がって聞いてくれることが、楽しくて、幸せで仕方なかった。
ガチガチに固まった自作のレッテル。散々私を苦しめてきたのに、突然簡単にはがせてしまった。それはきっと〈内側〉を知りたいと思ってもらったことを実感できたからだ。
でも、そのレッテルに守られて磨かれた〈内側〉もあったはず。積み重ねてきたものは消えない。
愛と熱意を武器にすればいい。
怖いけど、ちょっと安心して、役目を全うしてくれた鎧を脱いだ。
「オタク」を身に纏って
「スーツでも私服でもかまいません」 面接は自分自身のプレゼンの場だと言っていただけるのなら、勝負服はアレしかない。第1次面接の結果発表直後、私はそう決心する。 就職活動を始めるにあたって誰もが通る道、大学生活の振り返り。私の頭に真っ先に浮かんだのは「オタ活」だった。いやいやガクチカはどうした、これは趣味じゃないか。一気にお先真っ暗になる私の就職活動。 高校生のときからファンで、ライブで彼らに会うために全国各地を飛び回るほど。オタ活がアルバイトのモチベーションとなり、ファンの方との交流が私のコミュニケーション力の向上に繋がっていた。 そんな私が勝負服に選んだのは、1枚の白Tシャツ。もちろん、ただのそれじゃない。大大大好きな、2人とも同じ苗字の関西出身某人気アイドルデュオとお揃いのTシャツだった。 第2次面接〜最終面接まで、 もはや定番と化したこのTシャツをずっと着続けた。特に2次面接では、緊張しすぎた結果、 「今日のファッションのポイントはありますか?」 「大好きな某アイドルデュオの奈良出身の方とお揃いのTシャツを中心に、お気に入りのワントーンコーデで仕上げました!」とあまりにも素で答えてしまった。 そんな顔真っ赤な私を、面接官の方々は笑ってくれた。ファンになったきっかけ、イギリス留学時に参加したカスタードパイ祭り、『ViVi』のおかげで褒められ眉毛になったこと。ただ素直に、私の「好き」を全力で伝えた数十分。面接が楽しいと感じたのは初めてで、ありのままの私で本当に大丈夫だっただろうかと不安にもなった。 オタ活が私の人生に転機をもたらすなんて4年前の私は想像もできなかったけれど、包み隠さず「好き」を貫くことは全く恥ずかしくないことなのだと気づかせてくれた講談社。内々定の電話をいただいた4月末、「好きでいさせてくれてありがとう」と彼らのラジオにメールを送った。 この白Tシャツは、私の一生の御守りだ。 文系・関西・四年制大学卒業見込み/ライフスタイル・ファッション志望
「オタク」を身に纏って 文系・関西・四年制大学卒業見込み/ライフスタイル・ファッション志望
「スーツでも私服でもかまいません」
面接は自分自身のプレゼンの場だと言っていただけるのなら、勝負服はアレしかない。第1次面接の結果発表直後、私はそう決心する。
就職活動を始めるにあたって誰もが通る道、大学生活の振り返り。私の頭に真っ先に浮かんだのは「オタ活」だった。いやいやガクチカはどうした、これは趣味じゃないか。一気にお先真っ暗になる私の就職活動。
高校生のときからファンで、ライブで彼らに会うために全国各地を飛び回るほど。オタ活がアルバイトのモチベーションとなり、ファンの方との交流が私のコミュニケーション力の向上に繋がっていた。
そんな私が勝負服に選んだのは、1枚の白Tシャツ。もちろん、ただのそれじゃない。大大大好きな、2人とも同じ苗字の関西出身某人気アイドルデュオとお揃いのTシャツだった。
第2次面接〜最終面接まで、 もはや定番と化したこのTシャツをずっと着続けた。特に2次面接では、緊張しすぎた結果、
「今日のファッションのポイントはありますか?」
「大好きな某アイドルデュオの奈良出身の方とお揃いのTシャツを中心に、お気に入りのワントーンコーデで仕上げました!」とあまりにも素で答えてしまった。
そんな顔真っ赤な私を、面接官の方々は笑ってくれた。ファンになったきっかけ、イギリス留学時に参加したカスタードパイ祭り、『ViVi』のおかげで褒められ眉毛になったこと。ただ素直に、私の「好き」を全力で伝えた数十分。面接が楽しいと感じたのは初めてで、ありのままの私で本当に大丈夫だっただろうかと不安にもなった。
オタ活が私の人生に転機をもたらすなんて4年前の私は想像もできなかったけれど、包み隠さず「好き」を貫くことは全く恥ずかしくないことなのだと気づかせてくれた講談社。内々定の電話をいただいた4月末、「好きでいさせてくれてありがとう」と彼らのラジオにメールを送った。
この白Tシャツは、私の一生の御守りだ。
ちなみに命名「ギャラクシーネコ」
四回にわたる面接を振り返って後悔していることはたった一つ、「こんな服」発言だ。誤解が無いように言えば、えっへん他は良くできた、ということでは決してない。正直なところ、すでに良いも悪いもほんのりとしか記憶に残っていないのだ。ろくな情報が無く読者に申し訳ない、などと字数を稼ぎつつ本題に戻ろう。 「ファッション誌などは読みますか?」 ここで嘘をついても仕方がない、と正直に答えた二次面接の一コマ。 「いえ、読まないです」 いざ口に出すとやはり居心地が悪い。 「こんな服を着ているくらいなので(笑)」 パーカーを軽くつまんで、にへらと笑う。少しの笑いと「猫が好きなんですね」ということばを最後に話題はするりと移っていった。 帰りの電車を待つホームで、こんな服、と言った自分の声がリフレインした。涙が出そうになる。なんとなく反発を覚えていた“あなたらしい服装で来てください”というフレーズがようやく身にしみる。この服をまとっていたから笑顔になれて自信が出てきて、そして出てきたことばや表情がある。この服はそういう私を作ってくれる私の一部、相棒だ。 相棒に顔向けができたのは掴み取った三次面接と最終面接の場にて。三次面接では相棒の紹介から随分と話が広がった。最終面接では、過去最大の緊張の中、志望動機を述べ一息つくと、 「その服が気になって話が入ってこないんだけど……」 漫画のようにズコーッとコケそうになった。 それはこの服がヘンということでしょうか。それともステキすぎて目を奪われたということでしょうか。 あの後悔が無ければ、また要らぬことを口走ったかもしれない。 「この服は一番のお気に入りで、私そのものなので着てきました!」 反応は薄かった。訳が分からない発言であることは自覚していた。それでも、やりきったという気持ちになり、帰りの電車には不審なほど晴れやかな笑顔で乗り込んだ。 “あなたらしい服装で”。言うは易く行うは難しである。 文系・関東・四年制大学卒業見込み/校閲志望
ちなみに命名「ギャラクシーネコ」 文系・関東・四年制大学卒業見込み/校閲志望
四回にわたる面接を振り返って後悔していることはたった一つ、「こんな服」発言だ。誤解が無いように言えば、えっへん他は良くできた、ということでは決してない。正直なところ、すでに良いも悪いもほんのりとしか記憶に残っていないのだ。ろくな情報が無く読者に申し訳ない、などと字数を稼ぎつつ本題に戻ろう。
「ファッション誌などは読みますか?」
ここで嘘をついても仕方がない、と正直に答えた二次面接の一コマ。
「いえ、読まないです」
いざ口に出すとやはり居心地が悪い。
「こんな服を着ているくらいなので(笑)」
パーカーを軽くつまんで、にへらと笑う。少しの笑いと「猫が好きなんですね」ということばを最後に話題はするりと移っていった。
帰りの電車を待つホームで、こんな服、と言った自分の声がリフレインした。涙が出そうになる。なんとなく反発を覚えていた“あなたらしい服装で来てください”というフレーズがようやく身にしみる。この服をまとっていたから笑顔になれて自信が出てきて、そして出てきたことばや表情がある。この服はそういう私を作ってくれる私の一部、相棒だ。
相棒に顔向けができたのは掴み取った三次面接と最終面接の場にて。三次面接では相棒の紹介から随分と話が広がった。最終面接では、過去最大の緊張の中、志望動機を述べ一息つくと、
「その服が気になって話が入ってこないんだけど……」
漫画のようにズコーッとコケそうになった。
それはこの服がヘンということでしょうか。それともステキすぎて目を奪われたということでしょうか。
あの後悔が無ければ、また要らぬことを口走ったかもしれない。
「この服は一番のお気に入りで、私そのものなので着てきました!」
反応は薄かった。訳が分からない発言であることは自覚していた。それでも、やりきったという気持ちになり、帰りの電車には不審なほど晴れやかな笑顔で乗り込んだ。
“あなたらしい服装で”。言うは易く行うは難しである。
梅酒はロックに限る
意外、って言われるが意外と緊張しいだ。たくさんの人に見られるとドキドキするし、思いがけない質問が来ると頭が真っ白になる。緊張のあまり検温が37度を超えたこともあったし、午後からの面接なのに朝から何も食べられないことだってあった。そういう時は必ず、トイレにこもって相田みつをを諳んじる。「失敗したって、しょうがないじゃないかあ、人間だもの」。若干えなりかずきが混じる。 こんな調子だから準備には余念がなかった。毎夜ひとり言でエア面接を行い、Excelには想定質問を書き連ねた。どんな質問が来ても焦らないように。完璧に、抜かりなく。 「君のESからは本への愛情が伝わらない」。私のささやかな抵抗は2次面接で早速瓦解することになる。ロジックを意識するあまり、根本的な愛情、原体験的な本・漫画との関わり、それらを伝えることをすっかり忘れていたのだ。 必死に頭をフル回転し、群像からデビューした作家さんについて、如何にスゴイか何処がスゴイか何故好きなのかを熱弁した。じいちゃん家に『はじめの一歩』があったんです。『カイジ』が好きでLINEスタンプ全部買ったんです。『海街 diary』に影響されて梅酒を作っているんです。 「君の本への愛情が伝わった」この言葉を聞いた瞬間、「あ、私この会社入るんだな」と思った。(帰り路「群像 編集長」で検索したところ、その面接官の方が出て来て叫ぶことになる) その後の面接は、緊張こそすれども楽しかった。だって私、社員(仮)なんだもん。いつかきっとこの人達と一緒に私の梅酒を飲むんだ。だから今日はちょっと図々しく、ちょっと馴れ馴れしく。無礼講は飲み会のマナーだと思って面接に臨んだ。オランダでスマート農業をしようと企んでいる話、趣味のアニメ制作の話、マレーシア人のウィップさんの話。漫画雑誌の懸賞に当たった話は? 黒ビキニで職務質問を受けた話もしたかったなあ。 宴もたけなわ、続きは本当の社員になった後で。 文系・関東・四年制大学卒業見込み/コミック志望
梅酒はロックに限る 文系・関東・四年制大学卒業見込み/コミック志望
意外、って言われるが意外と緊張しいだ。たくさんの人に見られるとドキドキするし、思いがけない質問が来ると頭が真っ白になる。緊張のあまり検温が37度を超えたこともあったし、午後からの面接なのに朝から何も食べられないことだってあった。そういう時は必ず、トイレにこもって相田みつをを諳んじる。「失敗したって、しょうがないじゃないかあ、人間だもの」。若干えなりかずきが混じる。
こんな調子だから準備には余念がなかった。毎夜ひとり言でエア面接を行い、Excelには想定質問を書き連ねた。どんな質問が来ても焦らないように。完璧に、抜かりなく。
「君のESからは本への愛情が伝わらない」。私のささやかな抵抗は2次面接で早速瓦解することになる。ロジックを意識するあまり、根本的な愛情、原体験的な本・漫画との関わり、それらを伝えることをすっかり忘れていたのだ。
必死に頭をフル回転し、群像からデビューした作家さんについて、如何にスゴイか何処がスゴイか何故好きなのかを熱弁した。じいちゃん家に『はじめの一歩』があったんです。『カイジ』が好きでLINEスタンプ全部買ったんです。『海街 diary』に影響されて梅酒を作っているんです。
「君の本への愛情が伝わった」この言葉を聞いた瞬間、「あ、私この会社入るんだな」と思った。(帰り路「群像 編集長」で検索したところ、その面接官の方が出て来て叫ぶことになる)
その後の面接は、緊張こそすれども楽しかった。だって私、社員(仮)なんだもん。いつかきっとこの人達と一緒に私の梅酒を飲むんだ。だから今日はちょっと図々しく、ちょっと馴れ馴れしく。無礼講は飲み会のマナーだと思って面接に臨んだ。オランダでスマート農業をしようと企んでいる話、趣味のアニメ制作の話、マレーシア人のウィップさんの話。漫画雑誌の懸賞に当たった話は? 黒ビキニで職務質問を受けた話もしたかったなあ。
宴もたけなわ、続きは本当の社員になった後で。
ご機嫌な生き物
私の就活はこれで2度目である。
1度目は大学3年生。私は、これは人生の大一番、ここで頑張らなければと気負っていた。不安で休まる心地のしない日々。研究を続けたい気持ちもあり、結局、就活から半ば逃げるように大学院に進学した。
大学院1年生。2度目の就活が訪れる。
先の見えない就活に相変わらず憂鬱になりながらも、研究はしなければならない。
私は顕微鏡下の小さな生き物を相手に実験をしていたが、ちょうど秋頃、研究も就活もうまくいかない時期があった。私の焦りを知ってか知らでか、その小さな小さな生き物は散々私を振り回した。
頭を抱える私に、教授は一言。
「生き物だから」
気温や湿度、時間帯、それから、機嫌。
微生物にも「機嫌」があるのかとお思いの方もいらっしゃるだろうが、いうなればこれは「不確定要素」である。生き物はあらゆる環境の影響を受ける。どれだけ万全の準備をしても、自分の力ではどうすることもできない部分があるということだ。
無慈悲ともとれる教授の言葉に、思わず顕微鏡から顔を上げる。
ところが「いや、これは人も同じかもしれない」という考えが湧いた。
自分の力だけで全てが決まるわけではない。就活お馴染みの「内定を勝ち取る」とか「人生の岐路」とか、そういったもので知らず知らずのうちに凝り固まっていた肩の力が、その瞬間ふっと抜けたような気がした。私に必要だったのは、これかもしらん。
そこから私は、予想できない部分、いわば「機嫌」とやらがどう動いても満足できる道を探した。
春、講談社の面接。
そこではたびたび「志望部署以外に配属されても働ける?」と聞かれた。
胸を張って答える。「はい、もちろんです」
就活ではありきたりな問答だったかもしれない。でもそこに噓偽りは全くなかった。
「機嫌」は今や私にとって、「どうなるかわからない楽しみ」になっていたのだから。
最終面接の数日後、いつものように顕微鏡を覗いていると、電話が鳴った。
理系・関東・大学院修了見込み/こども・児童志望
ご機嫌な生き物 理系・関東・大学院修了見込み/こども・児童志望
私の就活はこれで2度目である。
1度目は大学3年生。私は、これは人生の大一番、ここで頑張らなければと気負っていた。不安で休まる心地のしない日々。研究を続けたい気持ちもあり、結局、就活から半ば逃げるように大学院に進学した。
大学院1年生。2度目の就活が訪れる。
先の見えない就活に相変わらず憂鬱になりながらも、研究はしなければならない。
私は顕微鏡下の小さな生き物を相手に実験をしていたが、ちょうど秋頃、研究も就活もうまくいかない時期があった。私の焦りを知ってか知らでか、その小さな小さな生き物は散々私を振り回した。
頭を抱える私に、教授は一言。
「生き物だから」
気温や湿度、時間帯、それから、機嫌。
微生物にも「機嫌」があるのかとお思いの方もいらっしゃるだろうが、いうなればこれは「不確定要素」である。生き物はあらゆる環境の影響を受ける。どれだけ万全の準備をしても、自分の力ではどうすることもできない部分があるということだ。
無慈悲ともとれる教授の言葉に、思わず顕微鏡から顔を上げる。
ところが「いや、これは人も同じかもしれない」という考えが湧いた。
自分の力だけで全てが決まるわけではない。就活お馴染みの「内定を勝ち取る」とか「人生の岐路」とか、そういったもので知らず知らずのうちに凝り固まっていた肩の力が、その瞬間ふっと抜けたような気がした。私に必要だったのは、これかもしらん。
そこから私は、予想できない部分、いわば「機嫌」とやらがどう動いても満足できる道を探した。
春、講談社の面接。
そこではたびたび「志望部署以外に配属されても働ける?」と聞かれた。
胸を張って答える。「はい、もちろんです」
就活ではありきたりな問答だったかもしれない。でもそこに噓偽りは全くなかった。
「機嫌」は今や私にとって、「どうなるかわからない楽しみ」になっていたのだから。
最終面接の数日後、いつものように顕微鏡を覗いていると、電話が鳴った。
潜る
エントリーシートを前にして私は悩んでいた。書けば書くほど、書かれた自分は自分ではない気がしてくる。考えるほど、思考は空回る。 埒が明かず散歩に出ることにした。外は雪が降っていた。コートにつく雪を時折手で払いながら夜道を歩く。濁った月が浮かぶ静かな夜。 歩きながらふと昔のことを思い出した。小学校一年生の算数の授業。先生は「3+7=2+8」を、ブロックを使って一生懸命に説明している。私は教室の真ん中付近の席で真面目に話を聞いている。でも納得できずにいる。先生は次の話に進む。私は一人「3+7=2+8」の前から動けずにいる。分からない、から、分かりたい。なぜそうなるのか。授業そっちのけで夢中で考える。……と、突然、すとんと腑に落ちる瞬間があった。分かった! トンネルを抜けていきなり絶景が目の前に現れたような驚嘆と恍惚に包まれる。 純粋に夢中になるもの。小学生の私が「3+7=2+8」で感じたことを、今の私は何に対して感じるだろう?……何もないかもしれない。本当に? 全く何もない?……あ、強いて言えば一つだけ。本。好きな本を読んでいる時、そこにいるのは、未知の世界に夢中になる、小学生の頃から変わらない私。本が好き。自分の奥底から湧き出る透明な想い。 エントリーシートに再び向き合う。今度は逃げない。内にある透明な想いを、どうしたら外にいる他者に手渡せるのか、それだけを考え続ける。海の中を深くまで潜って、息を止めたまま海底を見つめ続けるような、根気のいる作業が続く。油断すれば、少しでもよく見られたいと媚びる自分が現れて海を濁らせる。“濁り”との闘い。 闘い方はいろいろある。例えば優雅に海を泳いでいけたらとても気持ちがよさそう。それでも私は潜る方を選ぶ。潜ることでしか闘えない。それが私。そこから逃げない。 選考結果を待ちながら、落ち着かない私はやっぱり散歩に出る。月が浮かぶ空の下、透き通る風が吹く夜道を歩く。 理系・北海道・大学院修了見込み/学芸・学術志望
潜る 理系・北海道・大学院修了見込み/学芸・学術志望
エントリーシートを前にして私は悩んでいた。書けば書くほど、書かれた自分は自分ではない気がしてくる。考えるほど、思考は空回る。
埒が明かず散歩に出ることにした。外は雪が降っていた。コートにつく雪を時折手で払いながら夜道を歩く。濁った月が浮かぶ静かな夜。
歩きながらふと昔のことを思い出した。小学校一年生の算数の授業。先生は「3+7=2+8」を、ブロックを使って一生懸命に説明している。私は教室の真ん中付近の席で真面目に話を聞いている。でも納得できずにいる。先生は次の話に進む。私は一人「3+7=2+8」の前から動けずにいる。分からない、から、分かりたい。なぜそうなるのか。授業そっちのけで夢中で考える。……と、突然、すとんと腑に落ちる瞬間があった。分かった! トンネルを抜けていきなり絶景が目の前に現れたような驚嘆と恍惚に包まれる。
純粋に夢中になるもの。小学生の私が「3+7=2+8」で感じたことを、今の私は何に対して感じるだろう?……何もないかもしれない。本当に? 全く何もない?……あ、強いて言えば一つだけ。本。好きな本を読んでいる時、そこにいるのは、未知の世界に夢中になる、小学生の頃から変わらない私。本が好き。自分の奥底から湧き出る透明な想い。
エントリーシートに再び向き合う。今度は逃げない。内にある透明な想いを、どうしたら外にいる他者に手渡せるのか、それだけを考え続ける。海の中を深くまで潜って、息を止めたまま海底を見つめ続けるような、根気のいる作業が続く。油断すれば、少しでもよく見られたいと媚びる自分が現れて海を濁らせる。“濁り”との闘い。
闘い方はいろいろある。例えば優雅に海を泳いでいけたらとても気持ちがよさそう。それでも私は潜る方を選ぶ。潜ることでしか闘えない。それが私。そこから逃げない。
選考結果を待ちながら、落ち着かない私はやっぱり散歩に出る。月が浮かぶ空の下、透き通る風が吹く夜道を歩く。
四月の陽光、緑色のスカート
「季節を一つ持ち歩いてるみたいな、スカート」 彩瀬まる「愛のスカート」の一節を思い出す。これだ、と思った。 保健会館を出てすぐ、前方三十メートルほどのところを歩くその人は、白のブラウスと鮮やかな緑色のスカートをまとっていた。それは四月の陽光によくなじみ、なにより彼女によく似合っている。しらない女の人の後ろ姿をぼんやり見つめながら、リクルートスーツのわたしは駅をめざした。 健康診断を終えてそのまま最終面接に向かう。服装指定はないのでわざわざ脱ぎ着しにくいスーツ姿で健康診断に行く必要もなかったが、ストッキングを着脱する煩わしさよりも無難な私服を選択する煩わしさが勝った。実際、服装はほんとうに自由で、たとえばわたしのお気に入りのシャツ――こぶし大ほどのリアルなヒョウがたくさんプリントされたシャツ――で面接に臨んでも、それによって不利な評価を得ることはなかったように思う。しかし〈そういう服で面接に行っちゃうわたし〉を〈わたしが〉好まなかったし、そもそもわたしはリクルートスーツが嫌いではなかった。単純に、小ぎれいで若々しい印象がわたしによく似合うと思った。 これまでとは打って変わって和気あいあいとした待合室に通されてすぐ、あの緑のスカートが目に入った。ひとことふたこと会話したのち、SNSを交換しようと持ちかけた。 「えっ」 見覚えのある名が表示されていた。去年わたしが役者を務めた学生演劇の、音響スタッフの名だった。本番期間中に何度か顔を見た程度で気づかなかったが、ワッと花が咲いたようにわたしたちは盛り上がった。 翌週開かれた内々定者会で、役員の方が「こんなにいろんな人と出逢える仕事はそうそうない」と話していた。わたしは思わず、左前方、彼女の背中をちらと見る。あの日の、ふんわりした緑のスカートの彼女と、かっちりした黒のスカートのわたし。こういう出逢いが、これからもまたあるのかもしれない。 文系・関東・四年制大学卒業見込み/文芸志望
四月の陽光、緑色のスカート 文系・関東・四年制大学卒業見込み/文芸志望
「季節を一つ持ち歩いてるみたいな、スカート」
彩瀬まる「愛のスカート」の一節を思い出す。これだ、と思った。
保健会館を出てすぐ、前方三十メートルほどのところを歩くその人は、白のブラウスと鮮やかな緑色のスカートをまとっていた。それは四月の陽光によくなじみ、なにより彼女によく似合っている。しらない女の人の後ろ姿をぼんやり見つめながら、リクルートスーツのわたしは駅をめざした。
健康診断を終えてそのまま最終面接に向かう。服装指定はないのでわざわざ脱ぎ着しにくいスーツ姿で健康診断に行く必要もなかったが、ストッキングを着脱する煩わしさよりも無難な私服を選択する煩わしさが勝った。実際、服装はほんとうに自由で、たとえばわたしのお気に入りのシャツ――こぶし大ほどのリアルなヒョウがたくさんプリントされたシャツ――で面接に臨んでも、それによって不利な評価を得ることはなかったように思う。しかし〈そういう服で面接に行っちゃうわたし〉を〈わたしが〉好まなかったし、そもそもわたしはリクルートスーツが嫌いではなかった。単純に、小ぎれいで若々しい印象がわたしによく似合うと思った。
これまでとは打って変わって和気あいあいとした待合室に通されてすぐ、あの緑のスカートが目に入った。ひとことふたこと会話したのち、SNSを交換しようと持ちかけた。
「えっ」
見覚えのある名が表示されていた。去年わたしが役者を務めた学生演劇の、音響スタッフの名だった。本番期間中に何度か顔を見た程度で気づかなかったが、ワッと花が咲いたようにわたしたちは盛り上がった。
翌週開かれた内々定者会で、役員の方が「こんなにいろんな人と出逢える仕事はそうそうない」と話していた。わたしは思わず、左前方、彼女の背中をちらと見る。あの日の、ふんわりした緑のスカートの彼女と、かっちりした黒のスカートのわたし。こういう出逢いが、これからもまたあるのかもしれない。
確かな自信がなくたって
「やらずに諦めるのはもう嫌なんです」 三次面接の最後、自然と言葉がこぼれた。 昔から絵やストーリーを作るのが好きで美大が憧れだった。しかし周囲との差に圧倒された私は高校であっけなく夢に見切りをつけてしまった。納得のいく努力もせず諦めた後悔と嫉妬が私の自信を削っていった。 「出版業界なんて私には無理。フィクションは趣味で楽しむだけでいいや」 ……本当にそれでいいかな、私。 私の夢。物語で人を感動させること。誰かの才能を開花させ、多くの人に見てもらう仕事にもその夢は繋がっているはずだ。挑戦もせず諦めたら私はまた蚊帳の外で嫉妬と後悔をし続けるだろう。 やってみるしかない。 冬からは出版社を目指して一直線。かつて「あなたの作品は優等生的で面白くない」と言われたのを思い出し、拙くても自分の本音を絞り出した。「私はBLが好きです」に始まるESを書き上げ講談社の面接に辿り着いた。 会場では社員さんが「それは勝負服?」「私もBL出身の作家さんを担当したことあるよ!」と優しく声をかけてくれた。緊張したっていいんだよ、の言葉に励まされ面接室の中へ。 四回の面接では漫画を好きになったきっかけから「韓国のストーカー受けBLが面白くて……」なんて性癖丸出しのBL話まで、たくさんの話を聞いてもらった。「物語の力で誰もが『自分は自分でいい』と思える世界にしたいんです!」という私の言葉にまっすぐ耳を傾けてもらえた時間は照れくさくもあり、嬉しくもあった。しかし確かな手応えを感じられたことは一度もなく、通過連絡が来るたびどこか信じられない気持ちがあった。 正直、自分のどこに可能性を見出して頂けたのか今でもよくわからない。それでも私はこれを書いている。自信なんて後から付いてくると信じて、進み続けることにした。 完璧な自信がなくたっていい。選びたい道があるのなら、未熟さも不安も引き連れたままとりあえず一歩踏み出してみるのもアリだと、私は思います。 文系・関西・四年制大学卒業見込み/コミック志望
確かな自信がなくたって 文系・関西・四年制大学卒業見込み/コミック志望
「やらずに諦めるのはもう嫌なんです」
三次面接の最後、自然と言葉がこぼれた。
昔から絵やストーリーを作るのが好きで美大が憧れだった。しかし周囲との差に圧倒された私は高校であっけなく夢に見切りをつけてしまった。納得のいく努力もせず諦めた後悔と嫉妬が私の自信を削っていった。
「出版業界なんて私には無理。フィクションは趣味で楽しむだけでいいや」
……本当にそれでいいかな、私。
私の夢。物語で人を感動させること。誰かの才能を開花させ、多くの人に見てもらう仕事にもその夢は繋がっているはずだ。挑戦もせず諦めたら私はまた蚊帳の外で嫉妬と後悔をし続けるだろう。
やってみるしかない。
冬からは出版社を目指して一直線。かつて「あなたの作品は優等生的で面白くない」と言われたのを思い出し、拙くても自分の本音を絞り出した。「私はBLが好きです」に始まるESを書き上げ講談社の面接に辿り着いた。
会場では社員さんが「それは勝負服?」「私もBL出身の作家さんを担当したことあるよ!」と優しく声をかけてくれた。緊張したっていいんだよ、の言葉に励まされ面接室の中へ。
四回の面接では漫画を好きになったきっかけから「韓国のストーカー受けBLが面白くて……」なんて性癖丸出しのBL話まで、たくさんの話を聞いてもらった。「物語の力で誰もが『自分は自分でいい』と思える世界にしたいんです!」という私の言葉にまっすぐ耳を傾けてもらえた時間は照れくさくもあり、嬉しくもあった。しかし確かな手応えを感じられたことは一度もなく、通過連絡が来るたびどこか信じられない気持ちがあった。
正直、自分のどこに可能性を見出して頂けたのか今でもよくわからない。それでも私はこれを書いている。自信なんて後から付いてくると信じて、進み続けることにした。
完璧な自信がなくたっていい。選びたい道があるのなら、未熟さも不安も引き連れたままとりあえず一歩踏み出してみるのもアリだと、私は思います。
成るようにしか成らない、けれど……
今だから言えること。 実は講談社の説明会はキッチンで聞いていた。たしか夏野菜のカレーを作りながら。 3年の夏、就活をするつもりがない私に友人は、オンライン合同説明会を勧めてきた。顔出しじゃないし、一応観てみなよと。 結論から言うと、その中で唯一印象に残ったのが講談社だった。 「“おもしろい”の定義って人それぞれで、違うからこそおもしろいと思うんです。だからうちの選考では皆さんの想う“おもしろい”を、“個性”をぶつけてみてください」。 私の個性って何? そう考えたのも束の間、すでに知人の会社に入るつもりだった私は、その後インターンに参加することもなく冬を迎えた。 周りにちらほら内定者が出始めた頃、突然、今の自分は逃げている気がした。 他の出版社の締切が過ぎるのを横目に、講談社だけはスルーできず。「成るようにしか成らない、けれど後悔はしたくない」。その一心で私のドタバタ就活がスタート。ES締切まで残り一週間もないタイミングだった。 それからというもの、内定を頂くまでの二ヵ月間の記憶は朧気だ。不思議なくらい次々と進む選考に自信だって追いつかない。正直、いつでも落ちる準備だけは完璧だった。 事実、大学では就活浪人の相談をしていたし、二次面接後には最後の護国寺訪問の記念にと豆大福(近くの有名店のもの)を買い占めて、お世話になった友人に配っていたし、「あなたが志望していることができる部署、うちにはないよ?」と痛い所を突かれた三次面接では、今までありがとうございましたと心の中で手を合わせていたし。 巷には「就活は取り繕うな」的なHow toが溢れているが、そんなの知ったこっちゃない。取り繕うまでの器用さも余裕もなかったから。 でも、今これを書いている。 振り返って想うのは、タイミングや出来事すべてに意味があったなということ。 そして、成るようにしか成らない、と吹っ切りつつも、不器用らしく図太く向き合う。この相反する感覚が私には丁度良かったのかもしれない。 文系・関東・四年制大学卒業見込み/ライフスタイル・ファッション志望
成るようにしか成らない、けれど…… 文系・関東・四年制大学卒業見込み/ライフスタイル・ファッション志望
今だから言えること。
実は講談社の説明会はキッチンで聞いていた。たしか夏野菜のカレーを作りながら。
3年の夏、就活をするつもりがない私に友人は、オンライン合同説明会を勧めてきた。顔出しじゃないし、一応観てみなよと。
結論から言うと、その中で唯一印象に残ったのが講談社だった。
「“おもしろい”の定義って人それぞれで、違うからこそおもしろいと思うんです。だからうちの選考では皆さんの想う“おもしろい”を、“個性”をぶつけてみてください」。
私の個性って何?
そう考えたのも束の間、すでに知人の会社に入るつもりだった私は、その後インターンに参加することもなく冬を迎えた。
周りにちらほら内定者が出始めた頃、突然、今の自分は逃げている気がした。
他の出版社の締切が過ぎるのを横目に、講談社だけはスルーできず。「成るようにしか成らない、けれど後悔はしたくない」。その一心で私のドタバタ就活がスタート。ES締切まで残り一週間もないタイミングだった。
それからというもの、内定を頂くまでの二ヵ月間の記憶は朧気だ。不思議なくらい次々と進む選考に自信だって追いつかない。正直、いつでも落ちる準備だけは完璧だった。
事実、大学では就活浪人の相談をしていたし、二次面接後には最後の護国寺訪問の記念にと豆大福(近くの有名店のもの)を買い占めて、お世話になった友人に配っていたし、「あなたが志望していることができる部署、うちにはないよ?」と痛い所を突かれた三次面接では、今までありがとうございましたと心の中で手を合わせていたし。
巷には「就活は取り繕うな」的なHow toが溢れているが、そんなの知ったこっちゃない。取り繕うまでの器用さも余裕もなかったから。
でも、今これを書いている。
振り返って想うのは、タイミングや出来事すべてに意味があったなということ。
そして、成るようにしか成らない、と吹っ切りつつも、不器用らしく図太く向き合う。この相反する感覚が私には丁度良かったのかもしれない。
空洞です。
自我というものが生まれてからあらゆる漫画を読み続けた。そして、その影響で今でも抱き続けている「普通コンプレックス」と戦う。これがこれまでの私の人生である。漫画のキャラクターは何かしら人に認められ、うまくいく。創作物と自分のギャップに悩まされながら私は生活していた。 「何か」になりたいという願望が消えず、人とは違う経験をするために、一人でバンジージャンプを飛んだり軽音サークルに入ったりした。そんなモヤモヤを抱えながら始めた就活で、講談社HPの「とんがり人間」という文字を見つけた。これは何を示すのか。自分なりに抽出した結論は、いかにピーキーなパラメータを持つ人間であるかということだ。 話は変わるが、私の最も古い友人はプロボクサーである。付き合いが長く今更照れくさいが、一つのことを極めた彼を尊敬している。私もそうなりたいと思った。ジャンルは違うが、彼もまたある種の「とんがり人間」なのではないか。もし私にそんな要素があるとすれば、自分のコンプレックスを少しでも小さくするためのこれまでの足掻きである。もちろん漫画が好きで、読んだ冊数は多い方だと考えているが、広い世界の中ではそんなことはない。どうせならこのコンプレックスをとことん突き詰め、その要素で戦うしかあるまいと考え、自分について考えながら就活に臨んだ。中学生から漫画の編集者を目指し、そのために大学受験では浪人し、面接官の目に留まるようなインターンにも挑戦した。漫画に関わるための準備期間は誰よりも長い自信があった。結果論ではあるが、現在、このこじらせた自己嫌悪はその捉え方が大切なのではないかと考えられるようになった。 何が「とんがり」になるかはその人次第であり、何かと戦い続けることこそがそれにつながるのではないか。また、私はそんな人間の方が面白いと思う。そしてこれから、もっと変な悩みを抱えた人間に会うことをとても楽しみにしている。 文系・関東・四年制大学卒業見込み/コミック志望
空洞です。 文系・関東・四年制大学卒業見込み/コミック志望
自我というものが生まれてからあらゆる漫画を読み続けた。そして、その影響で今でも抱き続けている「普通コンプレックス」と戦う。これがこれまでの私の人生である。漫画のキャラクターは何かしら人に認められ、うまくいく。創作物と自分のギャップに悩まされながら私は生活していた。
「何か」になりたいという願望が消えず、人とは違う経験をするために、一人でバンジージャンプを飛んだり軽音サークルに入ったりした。そんなモヤモヤを抱えながら始めた就活で、講談社HPの「とんがり人間」という文字を見つけた。これは何を示すのか。自分なりに抽出した結論は、いかにピーキーなパラメータを持つ人間であるかということだ。
話は変わるが、私の最も古い友人はプロボクサーである。付き合いが長く今更照れくさいが、一つのことを極めた彼を尊敬している。私もそうなりたいと思った。ジャンルは違うが、彼もまたある種の「とんがり人間」なのではないか。もし私にそんな要素があるとすれば、自分のコンプレックスを少しでも小さくするためのこれまでの足掻きである。もちろん漫画が好きで、読んだ冊数は多い方だと考えているが、広い世界の中ではそんなことはない。どうせならこのコンプレックスをとことん突き詰め、その要素で戦うしかあるまいと考え、自分について考えながら就活に臨んだ。中学生から漫画の編集者を目指し、そのために大学受験では浪人し、面接官の目に留まるようなインターンにも挑戦した。漫画に関わるための準備期間は誰よりも長い自信があった。結果論ではあるが、現在、このこじらせた自己嫌悪はその捉え方が大切なのではないかと考えられるようになった。
何が「とんがり」になるかはその人次第であり、何かと戦い続けることこそがそれにつながるのではないか。また、私はそんな人間の方が面白いと思う。そしてこれから、もっと変な悩みを抱えた人間に会うことをとても楽しみにしている。
とんがり=素直(?)
「とんがり人間」 就活中、私は幾度となくこの言葉に苦しめられる。 大学3年生秋。まずは! と思い読み始めた内定者エッセイ。綺麗な文章を書く人、クリエイティブな人。圧倒的な「個性」を目にして、ワクワクしながらも怯んだ。 私はどうだろう。目の前にある好きなことにひたすら手を伸ばし続けた21年間。特別なことは何一つしていない。愛おしかったはずの自分の人生が急に空っぽに思えた。 「とんがらなきゃ」 呪文のようにこの言葉を繰り返していた私は「とんがり人間」を演出しようと心に決め、三次面接への扉をたたいた。 しかし、「とんがり計画」はずらりと並ぶ強面の5人のおじさま達によって頓挫することになった。賢く面白い自分を演出しようにも「お酒飲むの?」とか「最近怒ったことは?」とか日常会話のような質問ばかりが続き、素の自分で答えてしまっていた。 「自分の短所はどこだと思う?」 急に面接らしい質問が飛んできた。 「とんがらなきゃ」 忘れかけていた計画を思い出した私は、鋭い角度から見解を述べることで挽回を図ろうと思った。でも同時に、ここでなら素直な答えが許される気がしたし、求められている気もした。 「いろいろなことに手を出しすぎちゃうことです。なので、貯金ができません……」 やっちゃった~~。答えた後は自分を恨んだ。面接上での短所が「貯金が苦手」ってなに?? 馬鹿なの?? しかし、予想に反して「ええ、何にそんなにお金を使うの?」と面白がって話を聞いてくれた。それからの面接は最後まですごく楽しかった。面接が楽しいというのもおかしなものだが本当に楽しかったのだ。 珍しいもの・個性的なものだけが「とんがり」じゃない。自分の感情に素直でいることが誰かの胸に届く「とんがり」となりうるのだ。それに気が付いたとき心がパッと明るくなった。「とんがり」と「素直」。一見対立しているように見える2つの事柄は実は似たもの同士なのかもしれない。 文系・関東・四年制大学卒業見込み/コンテンツ事業志望
とんがり=素直(?) 文系・関東・四年制大学卒業見込み/コンテンツ事業志望
「とんがり人間」
就活中、私は幾度となくこの言葉に苦しめられる。
大学3年生秋。まずは! と思い読み始めた内定者エッセイ。綺麗な文章を書く人、クリエイティブな人。圧倒的な「個性」を目にして、ワクワクしながらも怯んだ。
私はどうだろう。目の前にある好きなことにひたすら手を伸ばし続けた21年間。特別なことは何一つしていない。愛おしかったはずの自分の人生が急に空っぽに思えた。
「とんがらなきゃ」
呪文のようにこの言葉を繰り返していた私は「とんがり人間」を演出しようと心に決め、三次面接への扉をたたいた。
しかし、「とんがり計画」はずらりと並ぶ強面の5人のおじさま達によって頓挫することになった。賢く面白い自分を演出しようにも「お酒飲むの?」とか「最近怒ったことは?」とか日常会話のような質問ばかりが続き、素の自分で答えてしまっていた。
「自分の短所はどこだと思う?」
急に面接らしい質問が飛んできた。
「とんがらなきゃ」
忘れかけていた計画を思い出した私は、鋭い角度から見解を述べることで挽回を図ろうと思った。でも同時に、ここでなら素直な答えが許される気がしたし、求められている気もした。
「いろいろなことに手を出しすぎちゃうことです。なので、貯金ができません……」
やっちゃった~~。答えた後は自分を恨んだ。面接上での短所が「貯金が苦手」ってなに?? 馬鹿なの??
しかし、予想に反して「ええ、何にそんなにお金を使うの?」と面白がって話を聞いてくれた。それからの面接は最後まですごく楽しかった。面接が楽しいというのもおかしなものだが本当に楽しかったのだ。
珍しいもの・個性的なものだけが「とんがり」じゃない。自分の感情に素直でいることが誰かの胸に届く「とんがり」となりうるのだ。それに気が付いたとき心がパッと明るくなった。「とんがり」と「素直」。一見対立しているように見える2つの事柄は実は似たもの同士なのかもしれない。
苦手なことはなんですか。
本が好きだ、見たことのない景色が見られるから。 本が好きだ、誰とも話さなくていいから。 本が好きだ、知らなかった本当の自分を知ることができるから。 そんなことを小説片手に考える、上空10000m。 二次面接の前夜、大分空港発羽田空港行きの飛行機の機内にいた。 リーグ史上初となる開幕戦地方開催。舞台は大分。 硬式野球部で学生コーチを務める私も大分に飛んだ。 一次面接を通過し、二次面接を控えていようが試合を欠席する理由にはならない。日本一のチームになること、出版社に就職すること、どちらも私にとって諦められない夢だった。 「二兎追って、二兎得よう」。そう決めたから野球も就活も本気で取り組んできた。 「昨日まで大分で試合をしていました!」そう言って私の二次面接が始まった。 「苦手なことはなんですか?」 ESの作成や、面接の準備の段階で、自分の短所については考えをまとめていたが、苦手なことについては全く考えていなかった。 人間、頭が真っ白になると自分を取りつくろうことはできないらしく、私は質問に対してこう答えた。 「長い時間、大人数でいることが苦手です」 大学時代に培ったコミュニケーション力を仕事でも活かしていきたい、と言った手前、完全に矛盾した回答。しかし、まぎれもない本心だった。 誰かと話すことは好きだが、得意ではない。どうしても顔色を窺ってしまうから。 一人よりも、常に誰かとの関わりのなかで仕事をするであろう出版社にとって、致命的な苦手をさらけ出してしまった、と強く後悔したが、三人の面接官は爆笑していた。 「正直なことを言ったなあ」 マイナスな評価をするどころか、私の苦手をおもしろいと言ってくれたのだ。 本が好きだ。たったそれだけ、でもその強い思いをもって受けた講談社。 「ぜひ一緒に働かせてください!」 最終面接でそう言い放つ私は、面接官の顔色を窺ってなどいなかった。 自分をさらけ出すことは難しい。でもこんなにもおもしろい。 文系・関東・四年制大学卒業見込み/マーケティング・プロモーション(販売・宣伝)志望
苦手なことはなんですか。 文系・関東・四年制大学卒業見込み/マーケティング・プロモーション(販売・宣伝)志望
本が好きだ、見たことのない景色が見られるから。
本が好きだ、誰とも話さなくていいから。
本が好きだ、知らなかった本当の自分を知ることができるから。
そんなことを小説片手に考える、上空10000m。
二次面接の前夜、大分空港発羽田空港行きの飛行機の機内にいた。
リーグ史上初となる開幕戦地方開催。舞台は大分。
硬式野球部で学生コーチを務める私も大分に飛んだ。
一次面接を通過し、二次面接を控えていようが試合を欠席する理由にはならない。日本一のチームになること、出版社に就職すること、どちらも私にとって諦められない夢だった。
「二兎追って、二兎得よう」。そう決めたから野球も就活も本気で取り組んできた。
「昨日まで大分で試合をしていました!」そう言って私の二次面接が始まった。
「苦手なことはなんですか?」
ESの作成や、面接の準備の段階で、自分の短所については考えをまとめていたが、苦手なことについては全く考えていなかった。
人間、頭が真っ白になると自分を取りつくろうことはできないらしく、私は質問に対してこう答えた。
「長い時間、大人数でいることが苦手です」
大学時代に培ったコミュニケーション力を仕事でも活かしていきたい、と言った手前、完全に矛盾した回答。しかし、まぎれもない本心だった。
誰かと話すことは好きだが、得意ではない。どうしても顔色を窺ってしまうから。
一人よりも、常に誰かとの関わりのなかで仕事をするであろう出版社にとって、致命的な苦手をさらけ出してしまった、と強く後悔したが、三人の面接官は爆笑していた。
「正直なことを言ったなあ」
マイナスな評価をするどころか、私の苦手をおもしろいと言ってくれたのだ。
本が好きだ。たったそれだけ、でもその強い思いをもって受けた講談社。
「ぜひ一緒に働かせてください!」
最終面接でそう言い放つ私は、面接官の顔色を窺ってなどいなかった。
自分をさらけ出すことは難しい。でもこんなにもおもしろい。
箸にも棒にも
「おもしろくて、ためになる」。思い返してみれば私の全ての原動力はここにあった。就活に際してぶちあたった講談社の採用サイト。理念に非常に共感した。首が千切れそうになるほど頷いた。そして、講談社しか受けなかった。無謀である。 気合を入れて受けた一次面接。短い時間の中で自分のことを表現できたとは全く思わなかった。それどころか「箸にも棒にも掛からぬ受け答えをしてしまった……」と猛省した。しかし、幸運にも二次面接の案内を頂いた。 そこからの面接では「御社しか受けていないのです、それくらい御社でやりたいことが山ほどあるのです」という自業自得かつ自作自演の脅迫めいた謎のアピールをした。三次面接では「このままでは落ちる!」というプレッシャーに襲われ、面接の最後に聞かれてもいないのに一発芸を披露した。そしてスベった。「選考自体も滑ったか」と思っていたが、幸運は続き、四月末に内々定を頂いた。 選考を振りかえって、すべての質問が基本的に想定外で、武装しても意味がないと感じた瞬間がいくつもあった。こう書くと恐ろしく見えるかもしれないが、それは素の自分を見てくれるということと同義であり、本当に出版を通じてなにかを提供したいと思う人にとってはこれほど嬉しいことはないのではないだろうか。 内定者エッセイに際して具体的な質問を書かないことにしたのも、面接ではあなたの話を聞きたいのであって、私の受けた質問などは何の参考にもならないと思うからだ。 ところで後日、三次面接を担当していただいた方とお話しする機会があった。その時、「そういえばあの一発芸のことだけど……」と切り出された。私は緊張して続く言葉を待った。「あれは……私にとってプラスでもマイナスでもありませんでした……」「ええええー!」私はびっくりした。プラスにもマイナスでもない一発芸……。ある意味これほど哀しいことはないかもしれない。やっぱり箸にも棒にも掛かっていなかった……。 文系・海外・大学院修了見込み/文芸志望
箸にも棒にも 文系・海外・大学院修了見込み/文芸志望
「おもしろくて、ためになる」。思い返してみれば私の全ての原動力はここにあった。就活に際してぶちあたった講談社の採用サイト。理念に非常に共感した。首が千切れそうになるほど頷いた。そして、講談社しか受けなかった。無謀である。
気合を入れて受けた一次面接。短い時間の中で自分のことを表現できたとは全く思わなかった。それどころか「箸にも棒にも掛からぬ受け答えをしてしまった……」と猛省した。しかし、幸運にも二次面接の案内を頂いた。
そこからの面接では「御社しか受けていないのです、それくらい御社でやりたいことが山ほどあるのです」という自業自得かつ自作自演の脅迫めいた謎のアピールをした。三次面接では「このままでは落ちる!」というプレッシャーに襲われ、面接の最後に聞かれてもいないのに一発芸を披露した。そしてスベった。「選考自体も滑ったか」と思っていたが、幸運は続き、四月末に内々定を頂いた。
選考を振りかえって、すべての質問が基本的に想定外で、武装しても意味がないと感じた瞬間がいくつもあった。こう書くと恐ろしく見えるかもしれないが、それは素の自分を見てくれるということと同義であり、本当に出版を通じてなにかを提供したいと思う人にとってはこれほど嬉しいことはないのではないだろうか。
内定者エッセイに際して具体的な質問を書かないことにしたのも、面接ではあなたの話を聞きたいのであって、私の受けた質問などは何の参考にもならないと思うからだ。
ところで後日、三次面接を担当していただいた方とお話しする機会があった。その時、「そういえばあの一発芸のことだけど……」と切り出された。私は緊張して続く言葉を待った。「あれは……私にとってプラスでもマイナスでもありませんでした……」「ええええー!」私はびっくりした。プラスにもマイナスでもない一発芸……。ある意味これほど哀しいことはないかもしれない。やっぱり箸にも棒にも掛かっていなかった……。
大人の選択
大人には自然となれるものだと子供の時は思っていた。 ある日を境に、筆跡がカッコよくなれ、大人っぽい趣味を持ち始められ、やりたいことより現実ベースで決断ができるようになれる。 はずだが、どうやらその日はやってこないまま、私は就活に迫られた。 やりたいことがないわけではない。むしろはっきり分かりすぎて困る。 でもやれることとは、話が別だ。 外国人、文系の院生、日本で就活するチャンスは今年のみ。ゲームだとデバフしかかけられていない状態で、よりによってミッションはあの狭き門を突破すること。 無理ゲーすぎる。 どう考えても現実味のない「やりたい」を諦め、受かる見込みの大きい業界の選考に向けて準備する方が確実だ。自ら大人になるべき日が来た。正しい取捨選択ができるようになるんだ。 人生の一大事をゲームで例えること自体が子供っぽいけどね。 大人になると決めた私は、「楽しそう」な会社のESをフォルダに納め、「受かりそう」な方を選んだ。 落ちまくった。 精一杯模範解答にしたのに。本心を殺してまで「正しい」方を選んだはずなのに。これ以上どうしろというんだよ。 「『どっちが正しいか』なんて考えちゃダメよ」 「『どっちが楽しいか』で決めなさい」 自己嫌悪に飲まれそうな時、『宇宙兄弟』のこのセリフに撃たれた。 ギブだ。 2ヵ月放置したままの講談社のESを書き始めた。 日本語も喋れず、推しに会いたいから日本に一人旅しちゃった話。 勉強がうまく行かず、グッズ作りに逃げ込んだ話。 盛りに盛った模範解答のガクチカではなく、 本当に書いていいのかくらいの、いかにも大人げない、いかにも私らしいエピソードたちを。 書きながら、高校で文系のクラスに異動した時のことを思い出した。 「教科が好きだから行かないと後悔する気がします」 と、申請書に書いたら、今でも子供だなと親と先生にわらわれる。 なんの成長もできていないじゃん。 でも「正しい」選択ができる大人になれなくてよかった。 文系・関西・大学院修了見込み/海外事業志望
大人の選択 文系・関西・大学院修了見込み/海外事業志望
大人には自然となれるものだと子供の時は思っていた。
ある日を境に、筆跡がカッコよくなれ、大人っぽい趣味を持ち始められ、やりたいことより現実ベースで決断ができるようになれる。
はずだが、どうやらその日はやってこないまま、私は就活に迫られた。
やりたいことがないわけではない。むしろはっきり分かりすぎて困る。
でもやれることとは、話が別だ。
外国人、文系の院生、日本で就活するチャンスは今年のみ。ゲームだとデバフしかかけられていない状態で、よりによってミッションはあの狭き門を突破すること。
無理ゲーすぎる。
どう考えても現実味のない「やりたい」を諦め、受かる見込みの大きい業界の選考に向けて準備する方が確実だ。自ら大人になるべき日が来た。正しい取捨選択ができるようになるんだ。
人生の一大事をゲームで例えること自体が子供っぽいけどね。
大人になると決めた私は、「楽しそう」な会社のESをフォルダに納め、「受かりそう」な方を選んだ。
落ちまくった。
精一杯模範解答にしたのに。本心を殺してまで「正しい」方を選んだはずなのに。これ以上どうしろというんだよ。
「『どっちが正しいか』なんて考えちゃダメよ」
「『どっちが楽しいか』で決めなさい」
自己嫌悪に飲まれそうな時、『宇宙兄弟』のこのセリフに撃たれた。
ギブだ。
2ヵ月放置したままの講談社のESを書き始めた。
日本語も喋れず、推しに会いたいから日本に一人旅しちゃった話。
勉強がうまく行かず、グッズ作りに逃げ込んだ話。
盛りに盛った模範解答のガクチカではなく、
本当に書いていいのかくらいの、いかにも大人げない、いかにも私らしいエピソードたちを。
書きながら、高校で文系のクラスに異動した時のことを思い出した。
「教科が好きだから行かないと後悔する気がします」
と、申請書に書いたら、今でも子供だなと親と先生にわらわれる。
なんの成長もできていないじゃん。
でも「正しい」選択ができる大人になれなくてよかった。
後悔せよ、しかして人は前を向く
「落ちたんですよ、血まで抜いたのに!」 これは講談社三次面接と四次面接での私の持ちネタ(?)だ。 背景の事情を説明しよう。私は講談社の三次面接の前にとある企業の面接を受け、それと同時に行われた健康診断で採血され(他にもレントゲンやら尿検査やらと全身を調べつくされ)た上で、「お祈り」を頂いていたのだ。 それまでトントン拍子で進んでいた私の就職活動の中で、その「お祈り」はまさに青天の霹靂だった……かというとそうでもなかった。初めての役員面接の雰囲気に圧倒され、しどろもどろの一問一答に終始した悲惨な面接の結果なんて、帰路の時点でわかりきっていたのだ。とはいえ、それまでES、筆記試験、三度の面接と長きにわたるお付き合いの中で親密度を上げていた企業からいきなり「誠に残念ながら……」と三下り半を突きつけられると少しは涙も出た。いや、正直に言うとかなり泣いた。 講談社から三次面接へのお誘いが届いたのはその「お祈り」の一時間後だった。 願ってもない好機をモノにするために、私は胸に募る後悔と向き合うことを決めた。自分は何をこんなにも悔しく思うのか、努力が報われなかったこと? 叶いかけた夢の実現がまた遠のいたこと? 積み重ねてきたものがあっさり無に帰したこと? どれも核心には遠いように思えた。 面接当日の朝まで悩み続けた先に行き着いたのは、伝えたいことを残したまま面接を終えてしまったこと、という実に初歩的なものだった。しかし、この後悔の理由を見定めたからこそ私は改めて自分の全てを出し切ることを決意し、そうして私の持ちネタ(?)は爆誕したのだ。 「君、○○さんの四次面接受けたんだって? もう内定出てるんでしょ」 「いやぁ、それが落ちたんですよ、血まで抜いたのに! だから次こそは血の抜かれ損にしたくないんです」 苦々しい後悔と15mlの血液を引き替えに得た私の持ちネタは、これまでの全てが今日のための前座なのだと私に囁いていた。 文系・関東・四年制大学卒業見込み/コミック志望
後悔せよ、しかして人は前を向く 文系・関東・四年制大学卒業見込み/コミック志望
「落ちたんですよ、血まで抜いたのに!」
これは講談社三次面接と四次面接での私の持ちネタ(?)だ。
背景の事情を説明しよう。私は講談社の三次面接の前にとある企業の面接を受け、それと同時に行われた健康診断で採血され(他にもレントゲンやら尿検査やらと全身を調べつくされ)た上で、「お祈り」を頂いていたのだ。
それまでトントン拍子で進んでいた私の就職活動の中で、その「お祈り」はまさに青天の霹靂だった……かというとそうでもなかった。初めての役員面接の雰囲気に圧倒され、しどろもどろの一問一答に終始した悲惨な面接の結果なんて、帰路の時点でわかりきっていたのだ。とはいえ、それまでES、筆記試験、三度の面接と長きにわたるお付き合いの中で親密度を上げていた企業からいきなり「誠に残念ながら……」と三下り半を突きつけられると少しは涙も出た。いや、正直に言うとかなり泣いた。
講談社から三次面接へのお誘いが届いたのはその「お祈り」の一時間後だった。
願ってもない好機をモノにするために、私は胸に募る後悔と向き合うことを決めた。自分は何をこんなにも悔しく思うのか、努力が報われなかったこと? 叶いかけた夢の実現がまた遠のいたこと? 積み重ねてきたものがあっさり無に帰したこと? どれも核心には遠いように思えた。
面接当日の朝まで悩み続けた先に行き着いたのは、伝えたいことを残したまま面接を終えてしまったこと、という実に初歩的なものだった。しかし、この後悔の理由を見定めたからこそ私は改めて自分の全てを出し切ることを決意し、そうして私の持ちネタ(?)は爆誕したのだ。
「君、○○さんの四次面接受けたんだって? もう内定出てるんでしょ」
「いやぁ、それが落ちたんですよ、血まで抜いたのに! だから次こそは血の抜かれ損にしたくないんです」
苦々しい後悔と15mlの血液を引き替えに得た私の持ちネタは、これまでの全てが今日のための前座なのだと私に囁いていた。
全部ひっくるめて、「僕」だから
ああ、もう、おかしくて仕方がなかった! きっとあの時の僕は、世界で一番いい顔をしていたのではないだろうか。 気持ちよかったのだ。とても、言葉では表しきれないほどに。 三次面接を終えた僕は、ハイになってしまっていた。全てを暴かれ、ニヤニヤしながら部屋を出てきた僕に、人事の人が話しかけてくれた。「どうだった?」の問いに僕は一言、「もう思い残すことはないです」と答えた気がする。いままで経験したどの面接とも違った、少し風変わりな面接であった。 僕の知っていた就活は、自分のいいところだけを切り取って見せる、SNSさながらの化かし合いだった。就活を終えてみても、実際そうだったと思うのだから、きっとこれは世間的には正しい。 だからもちろん、そのつもりであの部屋に入ったのだ。 自分の強みは○○です。学生時代にはこんなことをやってきて。 開始してものの数分で、違和感に気が付く。ああ、そうか、これじゃあダメだ。きっとあの椅子に座ればわかる。嘘は、見栄は、この人たちには響かない。気がついたら、自分を売り込むはずの場所で、「自分に自信がなくて」などと吐露していた。 どこの世界に、面接で「自分は弱い人間です」と宣言する人間がいるというのだ。無茶苦茶な自己紹介もあったものだ。自分でも呆れてしまう。 でも、安心してほしい。 本が好きで、本に人生を救われた人間は、きっとその大半が脆くて危うい。その点においては、講談社は圧倒的に懐の広い会社なのだと思う。現に、今、僕がここにいる。 護国寺で待ち構えていた面接官の方々が見ていたのは、「僕」という等身大の人間から出てくる、生々しい叫びだった。嘘偽りない、本音だった。作りこまれた自己PRも、何度も話したガクチカも、そこでは何の意味も持たなかった。 ありのままの自分を曝け出すのは、思ったよりもずっと怖い。 でもきっと、素直に弱さを見せられる人が、本当に強い人なのだろうと、今になって思う。 文系・関東・四年制大学卒業見込み/メディア・コミュニケーション(広告)志望
全部ひっくるめて、「僕」だから 文系・関東・四年制大学卒業見込み/メディア・コミュニケーション(広告)志望
ああ、もう、おかしくて仕方がなかった!
きっとあの時の僕は、世界で一番いい顔をしていたのではないだろうか。
気持ちよかったのだ。とても、言葉では表しきれないほどに。
三次面接を終えた僕は、ハイになってしまっていた。全てを暴かれ、ニヤニヤしながら部屋を出てきた僕に、人事の人が話しかけてくれた。「どうだった?」の問いに僕は一言、「もう思い残すことはないです」と答えた気がする。いままで経験したどの面接とも違った、少し風変わりな面接であった。
僕の知っていた就活は、自分のいいところだけを切り取って見せる、SNSさながらの化かし合いだった。就活を終えてみても、実際そうだったと思うのだから、きっとこれは世間的には正しい。
だからもちろん、そのつもりであの部屋に入ったのだ。
自分の強みは○○です。学生時代にはこんなことをやってきて。
開始してものの数分で、違和感に気が付く。ああ、そうか、これじゃあダメだ。きっとあの椅子に座ればわかる。嘘は、見栄は、この人たちには響かない。気がついたら、自分を売り込むはずの場所で、「自分に自信がなくて」などと吐露していた。
どこの世界に、面接で「自分は弱い人間です」と宣言する人間がいるというのだ。無茶苦茶な自己紹介もあったものだ。自分でも呆れてしまう。
でも、安心してほしい。
本が好きで、本に人生を救われた人間は、きっとその大半が脆くて危うい。その点においては、講談社は圧倒的に懐の広い会社なのだと思う。現に、今、僕がここにいる。
護国寺で待ち構えていた面接官の方々が見ていたのは、「僕」という等身大の人間から出てくる、生々しい叫びだった。嘘偽りない、本音だった。作りこまれた自己PRも、何度も話したガクチカも、そこでは何の意味も持たなかった。
ありのままの自分を曝け出すのは、思ったよりもずっと怖い。
でもきっと、素直に弱さを見せられる人が、本当に強い人なのだろうと、今になって思う。
元気に真っ直ぐ迷子!
「えー、野菜の企画は店頭で行うのがよいと思います。なぜなら……」。大学三年の夏、私は冷房の効いた自室でパソコンの光を浴び、本から全く遠いところに佇んでいた。 幼い頃から、夢は出版社で働くことだった。しかしそこに向かっていたはずの道は、気付けばぐねぐね曲がっていた。出版社に入るのは難しいからと他業種のインターンや教員免許に挑み、頭もスケジュールも大混乱。出版社を長く志望しているうちに、入社したいと思ったきっかけさえ霞んでしまい、一次面接から三次面接までそれぞれで異なる志望理由を話すことになった。長所を考えても「私より優しい人なんて何十億人もいるよ……」と足元が無くなったような不安に襲われてしまう。性格診断では「独裁者タイプ」と出る始末。そもそも、他の人と比べれば私の「本好き」なんて深さでも広さでも敵うはずがなく……と、しっかり迷子である。 似た悩みを抱える方もいるのではないだろうか。しかし申し訳ないが、私は答えを見つけられなかった。迷ったまま就活に突入した。面接では自分について、優しさのアピールをするでもなく、友人のSNSにイライラした話や、先輩にされて嫌だったことを自分も後輩にした話を嬉々としてした。論理立った志望理由を語ることを諦め、「長くなってもいいですか?」と、その時頭に浮かぶ全ての言葉を声に発した。面接官は「えー、嫌だ」「まだ続く?」と半笑いで足を組んでいた。でもそれが少し嬉しかった。 誇れる部分を必死に探して示すのではなく、どうしようもない自分を手のひらに並べて、「さあ拾ってください」と差し出すことにした。なんとも受け取り手任せなことだ。でもそんな時ほど、面接が質疑応答ではなく会話に、目の前の面接官が高い壁ではなく生身の人間に思えた。 「自分はまさか受かるまい」と思っても、ちっぽけな等身大のまま、気負わず、落ち込まず、ゆらゆらと進んでみると目的地につけることがあるようだ。 文系・関東・四年制大学卒業見込み/コミック志望
元気に真っ直ぐ迷子! 文系・関東・四年制大学卒業見込み/コミック志望
「えー、野菜の企画は店頭で行うのがよいと思います。なぜなら……」。大学三年の夏、私は冷房の効いた自室でパソコンの光を浴び、本から全く遠いところに佇んでいた。
幼い頃から、夢は出版社で働くことだった。しかしそこに向かっていたはずの道は、気付けばぐねぐね曲がっていた。出版社に入るのは難しいからと他業種のインターンや教員免許に挑み、頭もスケジュールも大混乱。出版社を長く志望しているうちに、入社したいと思ったきっかけさえ霞んでしまい、一次面接から三次面接までそれぞれで異なる志望理由を話すことになった。長所を考えても「私より優しい人なんて何十億人もいるよ……」と足元が無くなったような不安に襲われてしまう。性格診断では「独裁者タイプ」と出る始末。そもそも、他の人と比べれば私の「本好き」なんて深さでも広さでも敵うはずがなく……と、しっかり迷子である。
似た悩みを抱える方もいるのではないだろうか。しかし申し訳ないが、私は答えを見つけられなかった。迷ったまま就活に突入した。面接では自分について、優しさのアピールをするでもなく、友人のSNSにイライラした話や、先輩にされて嫌だったことを自分も後輩にした話を嬉々としてした。論理立った志望理由を語ることを諦め、「長くなってもいいですか?」と、その時頭に浮かぶ全ての言葉を声に発した。面接官は「えー、嫌だ」「まだ続く?」と半笑いで足を組んでいた。でもそれが少し嬉しかった。
誇れる部分を必死に探して示すのではなく、どうしようもない自分を手のひらに並べて、「さあ拾ってください」と差し出すことにした。なんとも受け取り手任せなことだ。でもそんな時ほど、面接が質疑応答ではなく会話に、目の前の面接官が高い壁ではなく生身の人間に思えた。
「自分はまさか受かるまい」と思っても、ちっぽけな等身大のまま、気負わず、落ち込まず、ゆらゆらと進んでみると目的地につけることがあるようだ。